三体・スペースコロニー・サラ金

「新・山形月報!」、今回もキューバで山形さんが読んだ本についてお届け! 話題の劉慈欣『三体』シリーズ(早川書房)、そしてJ・D・バナール『宇宙、肉体、悪魔 新版』(みすず書房)、小島庸平『サラ金の歴史』(中公新書)を論じます。

キューバは、隔離が終わって外に出られるようになったんだが……うーん。まずコロナで、あらゆる飲食店はテイクアウトのみ。そうでなくても、アメリカの制裁のおかげで激減していた観光客が、もはやゼロに近い。観光施設などはすべて閉鎖。かつて賑わっていた町は壊滅状態。お金も、送金ルートがアメリカに潰されたおかげでドルが使えなくなり、国際決済もできず、物資不足であらゆる店に長い行列ができて、ちょっとどうしようか、という感じ。

ホント、アメリカのキューバ制裁なんて、メンツだけの話で実利がぜんぜんないし、それに乗じてロシアや中国が入り込んで来てるから、安全保障的にもヤバいんじゃないの、と思うんだけれどねー。ヘタすると60年代のキューバミサイル危機まがいの状況になって、お金も次回くるころには人民元の天下になり、WeChat Payがはびこる事態もあり得なくはないようにさえ思う。いやあ、ちょっとアメリカが態度を緩めたら、下品なヤンキー観光客とドルの洪水がキューバには流れ込み、一気に経済支配できて、いくらでも思い通りに操れるという気がするんだけど。

で、そのキューバに持ってきた本の在庫一掃で、まずは劉慈欣『三体』シリーズ(早川書房)。1巻はずいぶん前に読み終わっていて、ずいぶん間があいてから『三体2:黒暗森林』『三体3:死神永生』を一気読みいたしました。 今さらぼくが言うまでもないことだけれど、すごい。そのすごさは1巻でわかっていたけれど、それだからこそ、2巻はどうしようかな、という気がしてちょっと後回しにしていたのだ。映画などでありがちな、1がヒットしたので無理矢理続編を作って、収拾がつかずにグダグダになるパターンを危惧していたから。が、まったくの杞憂でした。こう、最後の最後まで、話を畳んでいくという発想が一切ない。どんどん風呂敷を広げ続けて、それがついに全宇宙にまで広がってしまい、そのままビッグバンに突入して話をまとめてしまうという、信じられない力技。ちなみに、いまのは比喩ではないのだ。が、ネタバレを心配するあなた。これを聞いたところで、何もわかりませんからご安心を。


三体III 死神永生 上

当然ながら、これだけ風呂敷を広げるとつっこみどころは出てくる。たぶんみんな、本シリーズを読むと、あれこれ言いたい衝動にかられると思うんだ。この気持ちは、大学のSF研時代以来だろうか。いまは大学SF研なんて衰退しているらしいけれど、1980年代であれば、たちまちこれをネタに、理論的検証、パロディ、批判、おちゃらけその他、無限にファンジンが立ち上がり、各地で合宿企画が山ほど生まれ、大変な盛り上がりになっていたと思う (中国ではまさにそんな感じらしいね)。 そうねえ、ぼくならおそらく、そもそもこの全体のベースになっている某理論がまちがっていると思うので、そういうケチをつける話をいろいろ書いただろうねえ。

この某理論というのは、マルサス人口論の宇宙版だ。人口は幾何級数的に増えて、いずれその世界の物質を食い尽くす。だから、他の文明を見つけたらすぐぶっ潰せ、というのが宇宙の掟だ。でも、それが前提になって、超先進的な三体文明と、ゴミカス地球文明との間に、一時的にでも野合が成立するなら……他の文明の間にも、似たような休戦協定は当然成立するじゃん。そういうローカルな休戦協定が宇宙にたくさんできるはず。さらに地球がその後、他のA文明と同じく休戦を結んだら、当然地球は「三体文明とA文明だって」と推測できる。それを発展させると、お互いの存在について知っているけれど知らないふりをする、ゲーム理論系の人が好きそうな知識の網の目の均衡ができて、そしていずれそれが破綻したときに、いっせいにお互いの存在がバレ、するとそこで黒暗森林パラダイムの時代が終わって、冷戦的な相互確証破壊システムができあがり……。

こうなると、たぶんまったく『三体』の2や3とはちがう道筋をたどる世界ができあがるはず(それができない理屈みたいなのもあったけれど、智子ちゃんみたいなのがホイホイ使える世界であまり説得力はないと思う)。 あるいは、いまのあらゆる先進国で見られる少子化と人口停滞を考えると、このウチュージンたちみたいな大技を駆使しなくても文明を押さえ込むなんてもっと簡単にできそうなもんだ。

それを考えると、SF的な想像力ですらそれを生み出す文明の状況に大きく影響を受けるのだな、というのは改めて真理だと思う。中国も、少子化は急速に進んでいるけれど、人口減少はしばらく先で、いまは良かれ悪しかれ拡張期にある。本書も、それを明らかに背景にしている。SFの黄金期がアメリカ文明の黄金期でもあり、日本で小松左京が生まれたのが日本の高度成長期であるのは偶然ではないし、この『三体』シリーズがいまの中国で生まれたのも、ある種の必然ではある。

そしてそれを考えると、最後の二人が結局は自給自足の農業世界に戻るのも、中国的な想像力のなせる技なのか、あるいはアメリカSFが開拓時代の比喩に戻りたがるようなものなのか。ハードSF的な細部にこだわるのもありだし、社会経済的な含意を考察するのもあり。読む者の想像力をあらゆる面で刺激する大傑作なので、まだ読んでいない人は是非!(ああ、ちなみにいまのを読んでネタバレとか騒ぐ連中にいっておくけれど、こんなの『三体』のネタの百個あるうちの一つをかする程度のものでしかない。これを読んだことで楽しみが減るようなことは一切無いのでご安心を。なんといっても、ビッグバン超えるもんなあ。いやはや。よくまあこんな話を思いつくものだ)

この『三体』と同時にJ・D・バナール『宇宙、肉体、悪魔 新版』(みすず書房) をキューバに持ってきたのは、まったくの偶然。でもこれは『三体』的な想像力の出発点とも言うべき理論書。今後、人類はどのように発展するかについて、科学者が簡潔ながらも鋭く考察している本で、1920年代という1世紀以上前の本ながら、古びたところはほとんどない。


宇宙・肉体・悪魔【新版】—理性的精神の敵について

今後人類は、どんどん人口を増やすので、勢力圏を拡大し、いずれ宇宙に出るしかない。スペースコロニーを作り、肉体を離脱して進化の次の段階に向かわねばならない。それを阻止するのは、いまの世の中のくだらない制度や古くさい価値観(=悪魔)で、そいつを始末するために科学者に全部任せようぜ、というのがその主な主張となる。

いずれ、すべては科学的に計画できるようになる。社会も経済も人の心も進化も。そのためには優生学をバリバリ使って人間をどんどん改良し、社会も市場とかいう出たとこ勝負に任せず、きちんとすべて計画して社会主義を実現し(それが成功しつつあるのは、1920年代現在すでに明らかではないか!)、目標に向けて進まねばならない。さあ、それを邪魔するのは誰だ!

本書の中身については、いまから見ればあれこれ言うのは簡単だ。新たに解説を書いた瀬名秀明が、まさにそれをやってくれている。でも、これが1920年代には、SFとしてではなく、真面目な一般書として提示できた、ということ自体が、ある種のめまいのするような時代環境の差を思わせる。そしてその一方で、ここに描かれた気分というのは、死に絶えていない。

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新・山形月報!

山形浩生

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

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コメント

mokuba_Neptune 私の本棚もこんな感じやなあ─ 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

Hayakawashobo 山形浩生さんに『三体Ⅱ』『三体Ⅲ』をご紹介いただいております! ありがとうございます。 2ヶ月前 replyretweetfavorite

maniamariera 『三体Ⅱ』『三体Ⅲ』ご紹介いただいております! サブタイトルがすごい! 2ヶ月前 replyretweetfavorite

TaolueKoshHer 山形さん復活してたw 2ヶ月前 replyretweetfavorite