※この記事は、去る2019年の夏に開催されたイベントの「実況中継」です。記載内容は全て開催当時のものになります。
こんにちは。2限目を担当する、氏家健治です。
参加者が男子高生ばっかりだけど……君たち、学校でモテてる?
モテてもモテなくても、関係ないだろ! って顔をしましたね(笑)。でもそんなことありません。実はこの話、すごく重要なんです。君たちがこれから学ぼうとしている、商売の儲け方。それはまさに「モテること」とそっくりだからです。儲けることは、モテることだと言い換えたっていい。
クラスに時々、ふつうっぽいのにモテる子っているでしょう。逆に、かっこいいけど全然モテない子もいる。何が違うのかを考えると、「相手を喜ばせるのが上手か、どうか」だと思うんです。
人はつい、「僕を見て!」「こんなことができるんだよ」と自己アピールしてしまいます。でもそれでは、相手の心をつかめません。相手の話をしっかり聞いて、何が好きかを知り、喜ぶことをしてあげる。それがモテるためには必要で、商売もまったく同じだというのが、私がたどり着いた結論です。
最初は、そんなことぜんぜん意識していませんでした。商売を始めてしばらくは、いわゆる「非モテ」時代が続いて悩みましたから。お客様から相手にされず、「僕の何が悪いんだ!」と悶々とする日々。そこからいかにやり方と意識を変え、モテることができたか。今日は、そんな私の経験をお話ししましょう。
年収3000万円って、 日本に何人いるか知ってる?
まず、私の商売は何か。さっき食べてもらったガトーショコラ、どうですかね。美味しい? うん、良かった。このガトーショコラは1本3000円。高校生のお小遣いではちょっと高くて手が出ないかな。
でも、売れてるんです。インターネットで予約すると、数カ月待ち。欲しくても買えないって、すごいよね。メルカリで5000円の値段がついていて、すぐに手に入れたい人は、そっちで買うみたいです。
私が経営する「ケンズカフェ東京」の商品は、この1品だけ。3000円のシンプルな「特撰ガトーショコラ」1種類で、他は味のバリエーションも派生商品も、なんにもありません。これだけを1日300本、年間10万個作って売る。年商にすると、3億円。そんなお店をスタッフ4人で回しています。
小さいお店ですから、年商3億円もあれば、十分に利益が出ます。最高級の原材料を使い、スタッフにしっかりお給料を払って、私のお給料をとっても、まだ余裕がある。ちなみに売り上げのうち、私のお給料は1割です。つまり年収3000万円で、月収にすると250万円ですね。
授業の前のみんなへのアンケートで、「30歳の自分の年収を思い浮かべて、いくらだと思いますか?」という質問がありました。その答えでいちばん多かったのが、「2000万~5000万円」だそうです。だとしたら、ちょうど私の年収と同じくらい。では、現実社会で、同じくらいのお給料をもらっている人はどの程度いるんでしょう。
直近のデータを見ると、日本人の平均年収は441万円と出てきます。年収3000万円がかなり上位なのは明らかですが、全体の何%くらいいると思いますか? ちょっと聞いてみましょうか。
生徒1「30%、とか?」
ちょっと遠いなあ。他の人はどう?
生徒2「15%だと思います」
生徒3「いや、10%」
答えを言いましょう。0.3%なんです。みなさんの想像より、ずっとずっと少ないですね。データ的には、私は一応成功者の部類に入るようです。もっとも億単位で稼ぐ大金持ちもたくさんいますから、まあまあの成功という感じでしょうか。
ここに1つ付け加えるなら、私の働き方。先ほど紹介したように、私のお店ではガトーショコラ1商品しか扱っていません。商品がたった1つですから、仕事はそんなに多くありません。しかも、そのうちのほとんどを頼りになるスタッフに任せていますから、私の出番はますます減ります。
私はだいたいいつも朝9時ごろに起きて、午前中はグデーっとしている。キャラクターの「ぐでたま」ってありますよね。あんな感じです(笑)。ざっとネットサーフィンや新聞で情報を収集して、昼過ぎにお店に行きます。お店の様子を見て、打ち合わせやメールの返信をして、早ければ2時間くらいで仕事が終わる。夜はお付き合いで食事をして……。全然、大したことをしていませんね(笑)。
あくせくせずに1日2時間だけ働いて、月収250万円。それなら悪くない。というか、自分としては大満足です。みんなのお父さん、お母さんにこんな話をしたら、「そんなにうまい話があるか!」と怒られるかもしれません。でも実際、私はそうやって生活しています。なぜ、実現できたのか。
それは、「ガトーショコラ1商品で稼ぐ」ビジネスモデルを作り上げたからです。レストランでもケーキ屋さんでもない、ガトーショコラ1商品だけでこんなに儲けているお店は、他にありません。日本で唯一無二のビジネスを作ったことが、私が成功する要因でした。
これは決して、自分だけの力で成し遂げたのではありません。商売の節々で、お客様に大切なことを教えていただき、作ってきたビジネスモデルです。そのプロセスで、私は「モテる」大切さに気づくことができました。
レストラン開業の「赤字地獄」から学んだこと
商売がうまくいかない人の多くが、「なんでこんないいものを作っているのに、誰も気づいてくれないんだ」と愚痴をこぼします。申し訳ないけど、それってモテない人の典型です。
みんなも身に覚えがないですか。好きな子が振り向いてくれないときに、「こんなに好きなのに」と、自分の気持ちばかりを優先してしまう経験。若いころはどうしてもそうやって失敗してしまう。相手のことを考える余裕がないんです。
モテるためのキーワードは、「相手に喜んでもらうこと」でした。これは簡単そうで、難しい。なぜ難しいかというと、多くの人が自分中心にものを考えていて、プライドや思い込みが強く、素直に人の言うことを聞けないからです。「非モテ時代」の私は、まさにそうでした。
1998年、ホテルやレストランで修行を積んだ私は、30歳で「ケンズカフェ」(現・ケンズカフェ東京)をオープンします。場所は、新宿御苑前。当時、カフェブームが起きつつあったので、店名に「カフェ」と付け、そこで本格的なイタリアンを出せば流行るだろうと考えました。
しかし、この予想は見事に外れます。店の周辺はビジネス街で、少し歩けば新宿や新宿三丁目といった繁華街があり、夜はそっちに人が流れます。ランチはそこそこでしたが、収益の柱になるはずのディナーに、さっぱり人が来ません。
お店はガラガラ、営業するだけで材料と人件費がムダになり、赤字が膨らむ状態が3年ほど続きました。しまいには貯金を切り崩し、趣味のカメラを売り、親から借金をし……。同世代の友達が昇進したり、結婚して子供ができたりしている中で、自分が情けなくみじめでした。
このままだと、いつ倒産してもおかしくない。赤字を止めるために何か策を打とうと、思い切って夜は宴会のお客様に特化することにしました。予約制の宴会なら確実にお客様が来てくれるので、仕入れた材料も無駄にならず、アルバイトの人件費も元が取れます。それ以外の日は、お店を開けない。もう1円もムダにできない中で、プライドを捨てての選択でした。
幸い、ここで私はインターネットの波にうまく乗ることができました。「ぐるなび」などのグルメサイトを使う人が増えてきたことに目をつけ、積極的に広告を載せたのです。当時のウェブは広告料が紙媒体より安かったので、うちのようなお金がない店にはうってつけでした。
どうせやるなら、徹底的に活用したい。そう思った私は、検索ページの上位に表示される方法を研究しました。今でいうSEO対策ですね。他店のサイトには自分で撮ったようなチープな料理写真が並ぶなか、うちはプロに撮ってもらい、言葉にもこだわる。「イタリアン」なのか「イタリア料理」なのか。「飲み放題つき」の「つき」はひらがなと漢字どっちがいいのか。表現を細部まで考え抜き、反応を見ていきました。
当時のグルメサイトで、ここまでやっていた店は他にほとんどなかったと思います。そのおかげでアクセスがどんどん上がり、宴会の予約が埋まるようになった。ウェブ広告の効果で、赤字地獄を脱することができました。
それでもまだ、ぜんぜん成功とはいえません。ここでようやく、ガトーショコラの登場です。きっかけは、お客様の声でした。コース料理のデザートとして出していたガトーショコラを、「持ち帰りたい」というお客様がいらしたのです。
たしかに、私が作るガトーショコラは他店と違いました。街のスイーツ店で出てくるガトーショコラは、安いチョコレートを使い、小麦粉でボリュームを出し、ココアやリキュールで香りをつけるのが一般的です。原材料は安くなりますが、これではチョコレート本来の香りが生かされません。私はガトーショコラの本場・フランスで作り方を習ったことがあり、「日本で食べるガトーショコラは美味しくないなあ」と常々思っていました。
そこで、自分の店で出すガトーショコラは、上質のチョコレートとバターをたっぷり使い、小麦粉やココア、リキュール類は一切入れないことにしました。研究を重ね、チョコレートの香りを最大限引き出すレシピを考案したのです。常識外のガトーショコラに、お客様の反応は上々。「美味しい」「こんな味は初めて」、そのうち「持ち帰れないの?」と言われるようになりました。
最初は、テイクアウトをお断りしていました。「焼きたてを食べて欲しい」というこだわりがあったからです。「私は料理人で、ケーキ屋じゃない」というプライドもありました。
それでもお客様からの「欲しい」という声はなくなりません。断り続けるのも難しくなり、ガトーショコラのテイクアウトを始めてみました。すると、どうでしょう。1日20本、30本と、どんどん売れていくのです。
店を持ってから初めて、〝手応え〟を感じた瞬間でした。
やめることを、はじめよう
ガトーショコラを売るうちに、私はこの商品がお客様にとって、いかに「価値のある」ものなのかに気づいていきました。そこで2005年、ガトーショコラの専用サイトを作り、全国へのネット通販を始めました。
反響は止みません。食事のあと、「家族への手土産に」と買ってくださる方。母の日やバレンタインなど、特別な日に贈り物として使ってくださる方。そして贈られた方が、「今度は自分で買いたい」と来店される——。
そのうえ、「美味しいガトーショコラをありがとう」「すごく喜んでもらえた」と、感謝の言葉をいただけるのですから、こんなに嬉しいことはありません。
私は少しずつ、商売をガトーショコラ一本にシフトしていきます。まず、2008年に利益が出づらいランチとカフェをやめました。ガトーショコラのテイクアウト中心の店に生まれ変わったのです。夜の宴会だけは効率のいい稼ぎだったので残しましたが、このころには「ガトーショコラだけでやっていきたい」という気持ちが、自分の中に芽生えていました。
そして2014年に、保険として残していた宴会もスッパリやめて、完全にガトーショコラ1商品だけを売る店になりました。一大決心です。ここから自分の力をすべてガトーショコラの品質向上、宣伝、ブランド戦略だけにつぎ込み、年商1億5000万円を突破しました。
2015年には、売り上げの7割を占めていたネット通販もやめました。それまでも、何かをやめようとするとき、まわりは必ずと言っていいほど反対しました。特にこのときは、売り上げの柱を捨てるわけですから、スタッフも知人も大反対。「正気の沙汰じゃない」と驚かれました。
でも私からすると、通販が増えれば増えるほど、デメリットが目立つようになっていたのです。
「到着が遅れたのでタダにしろ!」「注文した後に欲しくなくなったから、受けとらない!」——。顔の見えないお客様へのネット販売は、たしかに売り上げはいいけれど、理不尽なクレームに満ちていました。
丹精を込めて作る商品だからこそ、そういうお客様は避けたい。いっそのこと売り上げを減らしても、心を込めて届けられる対面販売に戻ろうという考えが、決断の背景にありました。
ネット通販をやめた年は、さすがに売り上げ減を覚悟しました。しかし嬉しい誤算で、売り上げはプラスになりました。おそらく原因は、店頭で作り立てだけを出すようになり、より一層品質にこだわったこと。それがグルメサイトやメディアで評価されたこと。「店でしか買えない」ようになり、希少価値が高まったことにあると分析しています。
2016年、私はシェフとして厨房に立つこともやめました。製造はスタッフに任せ、経営に専念できるようになったことで、さらに店の売り上げが伸びます。年商3億円を達成したのは、この後です。
いかにしてお客様が望むガトーショコラを作り、広め、売っていくか。そのために、極限まで余計なことをやめる。まわりからの理解はなかなか得られませんでしたが、私は「やるべきこと以外、一切やらない」と決めて、実行していきました。
その結果、ランチとカフェ、宴会、コース料理、ネット通販とあれもこれも手を出していた時期に比べて、ガトーショコラ1商品で年商は10倍近くになりました。時間にゆとりができ、そのうえ、大きな利益を得られるようになったのです。
こうやってお話するとトントン拍子に聞こえるかもしれませんが、実際に意志を貫くのは大変でした。私が思うに、同じ状況で99%の人が、やめる決断をできないのではないでしょうか。なぜなら、人間の心には「プライド」という魔物が住んでいるからです。
ガトーショコラのテイクアウトを始めたばかりの頃、私にはまだ余計なプライドが残っていました。20代の頃、必死になりながら高級店で修行してフレンチもイタリアンも作れるし、パンも焼ける。そんな私にとって、ガトーショコラは「材料を混ぜて焼くだけの簡単なデザート」であり、「ガトーショコラしか売らないなんて、シェフとして恥ずかしい」とすら思っていました。
心のどこかに、「シェフの技を見せたい」「すごいと思われたい」という自意識があったのでしょう。最終的には、「おいしい」とお客様に喜んでもらうのが料理人の本質だと気づき、「ガトーショコラ以外、すべてやめる」ことを決断しましたが、迷ったぶん店の成長が遅くなったなと思います。 そもそも、「やめる」という言葉にはネガティブなイメージがついて回ります。みなさんがもし「部活が合わないからやめたい」と言ったら、ほとんどの親や先生は反対するでしょう。「もうちょっと続けてみたら」「石の上にも三年というじゃないか。根気がないなあ」「辞めグセがつくから、最後までやり抜くべきだ」などと、苦い顔をされるはずです。
そういう意見に従う方が楽だし、プライドも傷つかない。でも、そこで自分の考えを貫かなかったら、いつまでたっても「やるべきこと」にたどり着けません。もし商売をガトーショコラ1本に絞らずにいたら、私はシェフとしても経営者としても、何も残せない人生を送っていたでしょう。
プライドは誰も幸せにしない。それを教えてくれたのは、当のお客様でした。私が作るガトーショコラを特別だと言い、喜んで買ってくださるお客様の存在が、私に本当の商売の喜びを教えてくれた。そして、「もっと期待に応えたい」と相手のことを考えれば考えるほど、「やるべきこと」が見えてきました。
余計なことをたくさんしていると、「あれもこれも」という日々の忙しさで、視界が曇ってしまいます。私は最もお客様が喜んでくださるガトーショコラ、しかも商品を1点だけに絞って磨き上げることで、視界がクリアになりました。
ガトーショコラに絞ってうまくいったからといって、色気を出して、サイズ違いや季節商品を出すようなこともしません。バリエーションを広げてしまうと、それだけ手間ややるべきことが増え、すべてが中途半端になってしまうのです。
だからもし、君たちが何かを「やめたい」と思ったことがあったら、やめていいんです。周囲からは三日坊主と思われ、友達も信頼もなくすかもしれません。それでも、嫌だと思いながらダラダラ続ける時間よりも、他のことで充実した時間を過ごせるのなら、やめた方がいい。
迷ったときは、「今、失うもの」より、「未来に得るもの」を信じるのです。
今の私の喜びは、自分のちっぽけなプライドや、他者の自分に対する期待を満たすことではなく、お客様の笑顔を見ることです。そう思えてからは、ガトーショコラのレシピをすべて公開し、誰でも簡単に作れることをむしろ売りにするようになりました。バレンタインの時期には、1日1万件ものアクセスがあります。
そうやって多くの人に喜んでいただき、ますますファンが増える——。「余計なことをやめた」おかげで、私は商売の好循環を手に入れることができました。
えらいのは恐竜よりゴキブリ
人間誰しも、変化は怖いものです。みんなだって、クラス替えがあれば、新しい環境でうまくやれるか不安になるでしょう。変化にはリスクがあるから、誰でも怖い。でも怖がって何もしないでいると、一歩も前に進めず、やがてもっと大きな代償を払いかねません。
私にとって、独立したあとに倒産しかけたのは、人生における「最悪の失敗」でした。でもそれは同時に、「最高の学び」でもありました。なぜならそれ以来、変化が怖くなくなったからです。
あの頃、倒産を避けるには、自分が変わるしかなかった。そのおかげで今があると思うと、やはり、変化しないで滅びた恐竜になってはいけないと思うのです。恐竜と違って、環境に適応しながら現代まで生き延びているネズミやゴキブリの方がよっぽどえらい。
変化すると、得るものと失うものが両方あります。クラス替えだと、今の友人と離れて、新しい出会いがある。それを覚悟し、思い切らなければ、変化に立ち向かえません。
私の場合は、ガトーショコラに事業を絞ると同時に、価格を上げるという変化にこれまで3回挑戦しました。そしてそれは、一部のお客様と別れ、新しいお客様と出会うことのくり返しでした。