親にしてほしいこと」リストを抱えて親になった

今回は蘭ちゃんの日記。サクちゃんが娘さんを「ちょっと遠くで見ている」という話から、蘭ちゃんも息子さんとの距離について考えます。介入と放置の間って簡単そうに見えて実は難しいようでーー。そしてサクちゃんからの質問、「親になって気がついた、子どもの頃してほしかったこと」に、蘭ちゃんはなんと答えるのでしょうか?(毎週火曜日更新)

サクちゃんへ

こんにちは。

もうすぐ5月が終わります。例年ならもうこの時期から「暑い暑い」と言っていたように思いますが、今年の5月は寒いくらいでしたね。気温や気圧の変動で大変な人もいたのではないかな。

わたしは今月は毎日のように気分が低迷していたので、逆にそこで安定していました。仕事が忙しくて余裕がなかったり、子供とうまくコミュニケーションできなかったり、わけもなく落ち込んだり。星占いを見ると獅子座は低迷の時期だったらしいので、星周りのせいにして淡々と過ごすよう心がけています。

なんか最近「淡々と」って改めていい言葉だなと思うんですよね。深刻にならず、感情的にならず、ただただマイペースに。「淡々と」を口癖にコツコツ歩いた1ヶ月でしたが、それも悪くなかったんじゃないかなぁと思います。

ー・-・-

さて、前回のサクちゃんの日記、娘さんのあーちんとのやりとりがとても素敵でした。旅行中ずっと別行動だったけど「ちょっと遠くで見ててくれるのがうれしいんだよねー」と言っていたところとか、なるほどな、と。わたしは子供を、「ちょっと遠くで見て」あげられているかな? ガンガン介入してしまったり、もしくは全然見ていなかったりしちゃってるかもしれないなぁと思いました。

前回の長男の塾の宿題の話の続き。
お風呂場で
「塾の宿題見てくれるとき、もっと優しい言葉で注意してほしい。そうでないと僕は嫌な気持ちになるから」
と言われたにも関わらず、わたしはその後また怒ってしまい、長男を泣かせてしまいました。優しい言葉で注意するって約束したのになーと、大変な自己嫌悪。

もうこれはあかんわと思い、
「ごめん。私はもう塾の宿題に口出ししないようにするから、一人で頑張ってほしい」
と塾の宿題からの撤退を試みたのですが、長男がそれを聞いて首を振り、
「僕はお母さんのサポートがないと頑張れないから助けてほしい」
と言うのです。

それを聞いて、全か無かになるのもわたしの悪い癖だと思いました。つまりは介入するでもなく放置するでもなく、「ちょっと遠くで見て」あげられるように、わたしが変化しなくてはいけないということだなと。また怒って泣かせてしまうかもしれないけれど、それこそ淡々とサポートしていけたらいいなと思います。

ー・-・-

「蘭ちゃんは、親になって気がついた、子どもの頃してほしかったことはありますか?」
というサクちゃんの質問ですが、親になって気がついた、かぁ。なんだろうな。

わたしは、親になる前から「してほしいこと」がたくさんあって、そのリストを持って親になったような気がします。

例えば、「ご飯を一緒に食べたい」とか。
うちは両親が別居していて途中から母と二人で暮らしていたのですが、母はスナックをやっており夜働いて朝眠る、という生活リズムだったので、なかなか一緒にご飯を食べることがありませんでした。忙しくて料理もできない日が多く、コンビニで買って食べることも頻繁にあったので、手作りの料理を家族で揃って食べたいという願望が強かったんですよね。

あとは、「絵本の読み聞かせをしてほしい」とか。
母は韓国の人で日本語が読めなかったので、絵本はもっぱら保育園の先生の膝の上で読み聞かせてもらっていました。ずっと保育士さんを独り占めするものだから「蘭ちゃんはずるい」と言われたりして。1対1で読んでもらう経験に飢えていたので、自分が親になったら絵本を読み聞かせてあげようと思っていました。

それから、鍵っ子だったので学校から帰ったら家にいて「おかえり」と言ってほしいとか。朝はちゃんと「いってらっしゃい」と見送ってほしいとか。夜は一緒に眠りたいとか、土日はどこかに出かけたいとか……。

改めて見てみると、つまりは安心できる居場所が欲しかったんでしょうね。
基本的に親は不在で、家ではひとりで過ごしていたので、とにかく寂しかったんだと思います。思春期以降は気軽でいいやと思っていたけれど、今でもずっと根深く覚えていると言うことはずいぶん寂しかったんでしょう。

だから自分が家庭を持ったら、子供が寂しくならない家にしようと思っていました。
一緒にご飯を食べて、一緒に本を読み、一緒に眠る。「いってらっしゃい」と「おかえり」がある。育児に自信のないわたしですが、これだけはずっとコツコツと続けてきました。一人に慣れきってしまっているので、温かな感情とか上手なコミュニケーションとかそういうのにはあまり自信がないけど、愚直に習慣にすることならできます。要はインフラ作りみたいな。

わたしは、そのインフラが欲しかった。ここに帰ればいいんだと思える場所が欲しかった。
子供だったわたしもここにいたらいいのに、と、よく思います。
でもいるのかもしれない、わたしの中にまだ。安心して家に帰ってくる子供たちの顔を見ていると、そこに子供だったわたしの顔が見えるような気が時々します。

サクちゃんも、そんなふうに考えたことはありますか?
もし、子供の頃のサクちゃんが今のサクちゃんの子供だったら、どんな関係になっていると思いますか?

もしよかったら教えてくださいね。

蘭より

追伸:うちの次男は朔太郎という名前なのですが、保育園では「サクちゃん」と呼ばれています。なので家でサクちゃんの話をすると、自分の話かと思ってその度「さくたろうがどうしたの?」と聞いてきていましたが、最近は「おともだちのサクちゃん」と言って区別できるようになったようです。成長したなぁ。


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サクちゃん蘭ちゃんのそもそも交換日記

土門蘭 /桜林直子

東京でクッキー屋さんをしている「桜林直子(サクちゃん)」と、京都で小説家として文章を書く「土門蘭(蘭ちゃん)」は、生活も仕事も違うふたりの女性。この連載は、そんなふたりの交換日記です。ふたりが気が合うのは、彼女たちに世界の「そもそも」...もっと読む

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yorusube 「子供だったわたしもここにいたらいいのに、と、よく思います」 4日前 replyretweetfavorite