欧米では鍋の上で直接材料を切る、という光景を見かけますが、日本ではほとんど見ません。切ることを尊ぶ日本の料理では、包丁を受け止めるまな板が重要な役割を果たすのです。
今日はまな板について考えます。まな板選びについて検索すると「包丁にとっては木製が一番」「清潔なのはプラスチック製」と断定する意見が飛び交っています。それらの意見は本当に正しいのでしょうか?
木製のまな板は包丁にやさしい?
実はこのまな板問題。先行研究が少ないため、一つ一つ、情報を整理していく必要があります。まず、考えるべきは「包丁にとっては木製のまな板が一番というのは本当か?」という点です。
木製まな板が包丁にやさしい、というのは、一見するともっともらしく聞こえますが1979年に発表された『包丁の切れ味に関する研究 (第7報)』(岡村たか子)という論文によると
という結果が出ています。実はヒノキの年輪部分はポリエチレンよりも硬いのです。このようにイメージで捉えると誤解することが多々あるのが料理の世界です。
木のまな板と言っても原材料は様々。まな板に使われる木の種類は実に20種類以上あり、すべてを把握するのは困難ですが、高級とされるのは「ヤナギ」「イチョウ」「ヒバ」といった材料からできたまな板で、これらであれば「包丁にやさしい」と言い切れるでしょう。
木材として求められる性能は「適度に硬く=やわらかく、弾力があり、水切りがいい」という要素。原材料として使われる木材には他に「オリーブ」や「桐」がありますが、前者は硬すぎ、後者はやわらかすぎて、普段使いのまな板には向いていません。IKEAなどが販売している「竹」のまな板も硬すぎる印象があります。
まな板選びで重要なポイントはこの「硬さ」です。まな板は包丁と当たる部分なので、硬いまな板を使うと包丁の刃が丸くなり、切れ味がすぐに落ちてしまいます。また、適度な弾力がないと、包丁を受け止められないので、切ったネギがつながっている……なんてことも起きてしまいます。
清潔なのは木製かプラスチック製か?
高級な木のまな板はやわらかく、包丁の刃を受け止める一方、包丁傷が比較的深く入る、というデメリットもあります。
傷がつくのは気分がよくないですし、菌が繁殖しやすくなるので衛生的ではありません。そこで徹底的に洗浄し、定期的に表面を削る必要が出てきます。洗った後はよく乾かしておかないとカビが出やすい、という問題もありますし、漂白剤も使えません。
「ということはプラスチック製が清潔なのか」
と受けとるのは早計。アメリカの研究では
「木製の方がプラスチック製に比べて二次汚染を防げる」
「大腸菌のような病気を引き起こす細菌は、木製のまな板よりもプラスチック製のまな板でより長く生き延びられる」
という結果(*1)もあり、日本の研究でも「木製のまな板の微生物的なリスクは,プラスチック製まな板に比べて高いとはいえない」という報告(*2)があります。そもそもどのまな板にも同様のリスクはあります。どちらがより衛生的かという議論に意味はなく、ようは使い方の問題。しかし、木のまな板には漂白剤が使えないので、衛生的な状態を保つのが難しく、そのため現在、食品衛生の観点からは木のまな板は推奨されてないのです。
結局、どのまな板がいちばんなのか?
木がダメならプラスチック製という話になりますが、木にも種類があるようにプラスチック製のまな板といっても様々。一般的なのはさきほども出てきたポリエチレン製で、amazonをちょっと検索したところ、遠藤商事の「キッチンまな板ブラックポリエチレン」がヒットしました。安価ですし、普段づかいには悪くないかもしれません。
薄めのまな板にはポリプロピレン製やセルロース繊維を加工したまな板もありますが、どちらも非常に硬い素材で、包丁がすぐに切れなくなるので、オススメしません。
では、樋口はどんなまな板を薦めるのか? じつは、木でもない、プラスチックでもない、第三の選択肢があります。