わしはまだ七十一だ。今からでも遅くはない」| 至誠通天(七)

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。青年期から最晩年まで、「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、令和版大隈像をお楽しみください。



 伊藤が死んだ。これにより日本国は、新しい局面を迎えることになる。

 伊藤は韓国併合後に韓国人による責任内閣を作り、韓国人に一定の自治権を与えるつもりでおり、その布石としてロシアの蔵相との会談の機会を持ったのだが、これで伊藤の構想も水泡に帰した。

伊藤の「馬鹿な奴だ」という言葉通り、政府は山縣の意向を汲み、山縣系官僚が韓国総督府の顕官の座を占め、文字通りの併合が実行に移された。

安重根の伊藤暗殺は、韓国にとって何の役にも立たないどころか、大きな災厄となって降り掛かってきたのだ。

実質的に韓国を支配下に置いた政府を大隈は強く批判したが、その一方で、「日本は韓国に真の国家的独立を遂げてもらおうと努力してきたが、韓国が日本を信用せず、左を顧み、右を振り返るような行動を取ったので、あんな結末になってしまった」とも言っている。「左を顧み、右を振り返るような行動」という表現が、ハーグ密使事件のことを指しているのは言うまでもない。

 大隈は政界から去るつもりはなかったが、政治の第一線から退いた感のあるのは致し方ないことだった。それゆえ時間だけはできた。

 この頃の大隈が執心していたのは「文明運動」というものだった。これは大隈自身が命名したもので、「東西文明の調和」という理念に基づき、様々な文化活動を行っていくもので、大隈は優に百を超える文化活動に関与していた。具体的には各種学会や協会のトップに就任し、また『国民読本』や『大日本文明協会叢書』シリーズの刊行に携わっていく。

 大隈は語る。

「古今東西の文化を受け容れ、『開国進取』の国是の下に進歩発展してきた日本は、今後は学問と教育の普及および世界文明の調和を目指し、世界の平和と人類の平等を実現していかねばならない」

 こうしたビジョンを掲げた大隈は、政治はもとより、学術、産業、医療、文学、美術などの「文明」を調和発展させ、諸外国に広めていくことで、世界を平和に導こうとした。

 とくに力を入れたのが医療で、清国や韓国に医療と医学を普及させる目的で設立された同仁会への関与は大きなものとなっていった。

大隈は同仁会会長に就任するや、医師の派遣と現地人の養成から始まり、多額の国庫補助を取り付けると、清国や韓国の各地に大病院を設立していった。

 さらに国書刊行会総裁、文芸協会会長、日印協会会長、日蘭協会会長、日星協会名誉総裁(星とはアメリカ合衆国の意)、日本自動車倶楽部会長、帝国飛行協会会長、大日本平和協会会長、そして大日本文明協会会長などを兼務または歴任し、七十歳を超えたとは思えない精力的な活動を展開していった。

 大隈には抱えきれないほどやりたいことがあった。だがいまだ体は壮健ながら、いつかは寿命が尽きる。それを思うと、絞り込みを行わねばならない時期に来ていた。

そんな時、久米邦武が面白い話を持ってきた。

 久米はこの頃、大学教授よりも歴史研究家として名を馳せるようになっていた。


 温室で汗をかきながら、久米が語る。

「このアメリカの医学雑誌の記事によると、人間は本来百二十五歳まで生きられる生物であり、寿命など考えずに、遠大な構想を持って人生を生きるべきだというのです」

 この頃は乳幼児死亡率が高く、日本人の平均寿命は四十二歳から四十三歳だった。江戸時代の三十歳から三十五歳よりは長足の改善が成されてはいたが、百歳まで生きる人は少なく、また生きたとしても病で起き上がれない人が大半だった。それゆえ食うに困らなければ、五十歳から六十歳で隠居し、余生を悠々自適に過ごすというのが一般的だった。

「壮健なままで百二十五歳まで生きられるのか」

 大隈が雑誌に目を落としながら言う。さすがの大隈も英文の小さな字で書かれた雑誌を読むのは辛い。それでも速読しようとするので、専門用語が頻繁に出てくる専門誌の内容を摑むのは容易ではない。

「もちろんです。地球上の生物は、おおよそ成長期の五倍ほどの寿命を持っており、人間のそれを二十五歳とすると、その五倍の百二十五歳までは元気に生きられると書かれています」

「では、人はなぜその前に死ぬ」

 久米が得意げに答える。

「それは、健康によくない習慣を捨てられないからです」

「つまり酒色か」

「ご明察」

 久米は事前に記事を熟読してきていた。

「酒色の色の方は分かりませんが、酒の方は間違いないでしょうね。それと、そこに書かれているストレスです」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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