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はじめまして、こんにちは。幡野さんの冷静で客観的なご回答にいつも圧倒されながら拝読させていただいております。
私の悩みは、ずっとなぜか「後ろめたさ」と「妬ましさ」を抱えていることです。普段は、ありがたいことにこのコロナ禍でもお金に困ることもなく、私も家族も健康で、大好きな夫も優しくて、とても幸せだと感じております。
が、その反面、ずーっと心に靄がかかっているような気がしています。先にあげた「後ろめたさ」と「妬ましさ」が渦巻いていることを、直視しないようにして生きているような気がします。
この気持ちは一体何かというと、恐らく「何者にもなれていない自分」に対してだと思います。
私は7歳からある楽器を習っておりました。それは、演奏家の親の影響(というより、願い?)ではじめたものでした。(比較的珍しい楽器で、ここで明かしてしまうと身バレの恐れがあるので伏せさせていただきます。)私は、子供の頃はその楽器がやりたくてやりたくてたまらない!という感じではなく、あくまで習い事、という感覚でやっておりました。私立中高一貫校に進学し、私は演劇部に入りました。楽器も続けていましたが、演劇部の楽しさはそれとは比べ物にならないほどでした。演劇にのめり込むうち、あれよあれよというまに授業に置いていかれるようになり、私は学校で落ちこぼれになりました。(再々々々々試験を受けたことがあるくらいです)そんな私に残された進路は、楽器が弾けることと親のアシストを生かした音大進学だけでした。本当は、演劇の道に進みたい、本気で勉強してみたいと親に相談したこともあったのですが、俳優なんかで食えるわけがないと一蹴されて終わりでした。そんなこんなで、たいしてやりたくもないのに付け焼き刃的に音大受験勉強をして、なんとか音大に現役合格することができました。しかし、本人が消去法で選んでいる進路ということもあって、入ってからの4年もかなり苦しいものがありました。その専攻楽器の先生と馬が合わず、練習もやり込む気持ちが持てずそこそこにしかしていけないため、毎レッスン怒鳴られるばかり。同じ門下生の中では浮いた存在だったと思います。命からがら4年できっちり卒業に逃げ込むことができましたが、卒業できた時に感じたのは「これでこの楽器に無理に向き合わなくてすむんだ」ということでした。
本当はここで就職してしまえばよかったのでしょうが、実家暮らしで親の目が間近にあったわたしにはそれをする勇気が持てませんでした。結局、アルバイトの傍ら、たまに親からのおこぼれ演奏仕事をする程度のフリーターになりました。
25歳になった年、突然思い立ってどうしても演劇をやってから死にたいと思うようになり、一人暮らしを始めて小劇場演劇の世界に飛び込みました。当時は本気でここからプロの俳優を目指すんだと思っていましたが、当然思うようには行きませんでした。あの世界は、芝居がうまくなくてもお金があれば役が貰えます(チケットノルマ制で誰でも良いような役があったりするので)。お金で役を買っている状態では、うまくいくはずがありません…。
2年ほどどっぷりと演劇に浸かりましたが、突然始めた一人暮らしで借金が自分の想像以上に大きくなってしまい、働くことやお金を返すことに集中する必要が出てきました。また、演劇の世界で、人生共にするならこの人だという人にも出会ってしまったので、"ちゃんと"しなくてはと思い、演劇をお休みしてしっかり稼ぐために派遣社員になりました。これが4年前の28才の頃です。
いま、ありがたいことにその人と結婚して1年が経とうとしています。派遣社員も5年目、演奏アルバイトはコロナ禍なので減っていますが、たまにいただけることもあります。演劇は年1回、関われるか関われないかという感じです。こう見ると「どんだけ充実してるんだ」と怒られてしまうかもしれませんが、私はただの「マルチタスクこなし屋」でしかなくて、何者にもなれていない自分に引け目を感じます。プロの演奏者としてはすごくヘタクソで、同じ楽器を弾く演奏者に会うのが怖いです。演劇はいまでもやりたいですが、売れたいという願望はなく、なによりいまの生活を犠牲にしたくないという気持ちが強いです。でも、役者仲間が稽古を毎日頑張っている模様などを知ると、とても羨ましく思います…。
とても長々と書いてしまいました。すみません。
私の願いは「こんな自分に納得する、満足する」ことです。そのためにはどのようなマインドを持てば良いか、幡野さんのアドバイスをいただけませんでしょうか。随分と勝手な話で大変恐縮ですが、何卒よろしくお願い致します。
(ジンライム 32歳 女性)
今までこの日本で「好きなことを目指す → 生活が成り立つかわからない → あきらめる」という式が何億回繰り返されたんでしょうね。ぼくも若いころ、この式にハマりそうになったけど、いま振り返れば視野が狭かったし、アホくさい式ですよ。
好きなことと収入が結びつくのは理想かもしれないけど、そもそもそこは別でもいいじゃないですか。好きなことをする、というのが目的であって、収入は生活を保ったり、好きなことを継続させたりするための手段にすぎません。
そうやって目的と手段を切り分けて、あとは一年365日の時間をどう配分するかの問題だけだとぼくはおもうんです。好きなことに時間とお金をどれだけ多く配分するか、生活水準を上げたり、他の好きなものに投資したり。その時に一番大切なのが、自分の価値観なわけで、一番不要なものが他人の目ですよ。
役者として売れて有名になってお金もがっぽり稼いでいるのって、スターだけじゃないかな。でもスターって現実的には目指そうとおもっても難しいですよね、極端なことをいえば社会の需要で決まるわけだから。
そこまで求めていなくても、そもそも好きなことをするって、けっこうお金を消費しますよね。写真の世界だってそうですよ。お金がすごくかかります。機材にお金がかかるのは当然のこと、撮影にいくのだってお金がかかります。
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