深夜薬局

そうは問屋が卸さない」? 薬局なのに薬がない!

新宿・歌舞伎町に夜間だけ営業している「ニュクス薬局」。人には言えない、相談もできない。そんな、いろいろな事情を抱えたひとびとが訪れています。薬剤師の中沢さんは、なぜこんな薬局をつくったのか。「深夜薬局」ができ、街になじむまでの物語。今回はその第2弾。ライターの福田智弘さんがくわしくお話しを伺いました。2月18日発売の『深夜薬局』より特別公開します。

「相談できる薬局」を構想

さて、具体的に独立を決心した中沢さんは、新宿から各駅停車で5つめの駅である阿佐ヶ谷の薬局に転職。そして自身も、新宿のラブホテル横にあるマンションに引っ越し、体力づくりも兼ねて自転車で通いつづけた。
そして仕事終わりや休みの日には歌舞伎町やゴールデン街でひたすら飲み歩き、とにかく「街の空気」を吸った。たくさんの顔見知りができるなかで「やっぱりこの街には『夜に相談できる薬局』のニーズがある」と感じ、開局への思いを深めていったという。

中沢さんには、開局の構想を練っているとき、頭から離れないものがあった。

「高校のときからかな、『こころや身体のことを気軽に〈相談〉できる場所って、絶対必要だよな』とは、ずっと思っていたんですよ」

映画好きな高校生だった中沢さんが、将来の進路として医療者を視野に入れはじめたときには、医師、看護師、歯科医師、薬剤師などさまざまな選択肢があった。いずれも専門職だし、それぞれ魅力的だ。

でも中沢さんは
「みんなが相談しやすいのは薬局かな。
薬局みたいなところに、いつも相談できる同じひとがいればいいのにな
と考えて、薬剤師の道に進んだという。「深夜」という構想こそなかったにしても、やりたいことの根っこは、高校時代から一貫していた。

そして、「夜こそ薬局が必要だ」という確信は、長らくあたためていた「相談」というキーワードともピタッとはまった。

阿佐ヶ谷の薬局は、開局資金が貯まったらやめようと決めていた、目標は、1000万円。独立を考えてから一貫して、お金は借りずにすべて自己資金でまかなうことを決めていた。ちなみに、このポリシーは現在も貫いている。それもあって、構想を練りはじめてから目標金額を達成するまで、およそ10年かかった。

そしていよいよ目標金額に届きそうになった、2013年7月。
「いよいよだな」と思い、会社設立に必要なものを知るために、新宿の紀伊國屋書店まで本を買いに行った帰り、不動産屋があったので、なんとなく、入った。すると、

「ちょうどそこ、ほら、中華弁当屋だったとこが空いたけどどう?」

と話しかけられた。その弁当屋のことは覚えていたので、「ああ、あそこか」と思ったという。
独立を志していたから不動産情報はしばしば耳にしていた。だから、歌舞伎町では物件が空いても、うかうかしていたらすぐに埋まってしまうことがわかっていた。

「で、その日のうちに決めちゃいました」

人通りの多さで言えば花道通りの南側、1丁目側が理想的だ。けれど人通りが多い分、とても払えるような家賃ではない。だから2丁目側、よりディープな夜の街のほうになるだろうなとは、もともと思っていた。想定どおりになったと言えるだろう。

ほかの物件も見なかったわけではない。
「一応、花道通り沿いの2階の物件も見ました。でも2階って、どうしても心理的にハードルが高いじゃないですか。中が見えないし。それでいまのところに決めました」

たしかに「わざわざ階段をのぼらないといけない」「中が見えない」となると、結局は「明確な用事があるひと」しか訪れない場所になってしまう。気軽に相談しに来てほしいのに、それでは、いままでの薬局と変わらない。

じゃあやっぱりさっきの元弁当屋の場所だと、腹を決めた。自分がすべきだと感じたこと、したいと思ったこと、合理的だと考えることには粛々と向かっていく中沢さんだけれど、さすがに「ここに決めます」と言ったときには武者震いしたという。

「自分の人生、これからどう動くんだろうって。
こういうときの人間って、文字どおり、震えるんですね


「そうは問屋が卸さない」?

そこからは猛スピードでことが進んでいった。9月末に会社を設立。開局までの3ヶ月は、仕事終わりの夜や定休日を使い、契約を結んだり内装の打ち合わせをしたり、と休みなしで動いた。12月いっぱい、前の会社にいて、開局は年明け早々となった。ほぼ空白期間はなしだ。有休も、1日も使わなかった。

しかしこの開局準備、とんでもない紆余曲折があった。いちばん大変だったのは薬の調達だ。まず、「歓楽街にある深夜薬局」は参考になる前例がない。だから、どの薬をどれくらい仕入れればいいのかもわからない。


「こういうひとがこれくらい来るかなって、完全に妄想でした。風邪薬は最低これくらい必要かな、近くには夜はたらくシングルマザーが使っているという24時間の託児所もあるから、子ども用の薬なんかも出るんだろうか……と考えて」

しかしその「妄想」はまだ、楽しい作業だった。(ちなみに、小児科の需要はほぼないことがわかったため、いまは子ども用の薬はあまり置いていない)。基本的に薬局に置く薬は問屋から仕入れるのだが、ここで最大の想定外が起きた。

問屋から、「取引しない」と言われたのだ

バックに資本もない、門前薬局でもない、夜間営業だなんてまともな薬局じゃない。不良債権になるに違いない……そう、問屋に決めつけられた。

独立前に中沢さんが勤めていた会社の社長が、問屋のおエラいさんに
「アイツのことよろしく頼むよ」
と口を利いてくれていたそうだが、現場の担当者はまったく相手にしてくれなかった。「こんなことが起こるんだ」
と、中沢さんも思った。

「まあ、卸した薬局がつぶれちゃったら、問屋のほうも大変だっていうのはわかるんですけどね。『そうは問屋が卸さない』って、これか。ほんとに卸されないんだなあ、と思いました(笑)」

もちろん、そんなことで、中沢さんは夢をあきらめたりはしなかった。
結局、多額の前金を支払い、そこから納入した薬分を引くデポジット制にすることでようやく薬を仕入れることができた。しかし、この前金は経営の大きな負担になる。

わたしたちは、国の保険制度により、3割負担で薬をもらうことができる(前期高齢者は2割、後期高齢者は1割)。しかし、薬局のほうは違う。残りの7割は1~3カ月後に国から入ってくることになる。その間、売り掛けで回さなければならないのだ。それに加えて、前金を払うことになったニュクス薬局の資金繰りは、そうとうシビアなものになった。

もちろん問屋側もビジネスでやっているのだから、リスク回避の手法をとるのも仕方がない。ちなみに、いまもその問屋は微妙に、うっすらと、疑念の目をニュクス薬局に向けているらしい。

「ほかの薬局と同じようにはまだ扱ってもらえません」

これが多くのひとに慕われる唯一無二の「深夜薬局」の、偽りのない現在の姿なのだ。

「ドキュメント72時間」(NHK)などメディアで話題の薬局、ついに書籍化!

この連載について

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深夜薬局

福田智弘

新宿・歌舞伎町。このネオン街の一角に、小さな薬局があります。「ニュクス薬局」。営業時間は夜8時から翌朝9時まで。薬剤師はたった一人。訪れるのは、親からの虐待を告白する多重人格の女性やコロナ禍で生活苦を訴える風俗嬢、「眠れない」とあせる...もっと読む

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