『選択の科学』(シーナ・アイエンガー著)という本に「スーパーマーケットに6種類と24種類のジャムを並べ、どちらが売れるか」を調べた研究が紹介されています。結果は前者が30%の顧客がジャムを購入し、種類を多くしたほうは3%の人しか手に取りませんでした。〈人は選択肢が多すぎると選べない〉のです。
一昔前と比べると食材や調理道具の選択肢は格段に増えました。前回、テーマにした『塩』は1997年の自由化をきっかけに選択肢が飛躍的に増えましたし、現在は調理道具や家電も多種多様。そのうえ「フライパンは鉄が一番」「いや、フッ素樹脂加工を使い捨てするのが便利」と情報が錯綜しています。こうした状況ではなにを選べばいいのか、わからなくなるのも当然です。
もちろん人も様々。例えばジャムが好きな人間であれば種類が多いことが苦痛にはなりません。「オススメ調味料」や「厳選道具」を紹介する料理研究家や料理人は自分も含めてこちらのタイプの人間ですが、選ぶこと自体を楽しむには前提となる知識が必要なのでしょう。
今回のテーマ『包丁』も選ぶのが難しい道具です。最近は一般の人でもお金さえあればプロの料理人が使っているような高価な包丁も入手できるようになりましたが「普段使いに一本選ぶとしたら」というお題から考えてみます。
包丁を一本買うとしたら、どれを選んだらいい?
ぼくのおすすめは「ステンレス(V金1号)15cmのペティナイフ」です。聞き慣れない単語があると思いますので、順番に解説していきます。
包丁を選ぶ際、普通は「形状」について検討すると思います。三徳包丁やら牛刀といった種類や、柄を持ったときの印象などですね。しかし、その前にもう一つ、忘れがちな要素があります。それは包丁の「材料」=鋼材についてです。
包丁売り場に並べられている包丁はまず「ステンレス」と「鋼」の2種類に分けることができます。昔は鋼の包丁が一般的でしたが、現在の主流は「ステンレス」。
「鋼の包丁はよく切れ、ステンレスは切れない」
と言われていたのは昔の話。現在は優秀なステンレス鋼材がいくつも登場したお陰で、切れ味の差はほとんどなくなっています。アメリカ最大の包丁メーカーのエンジニアであるバック・レイパーさんは〈ステンレスよりも鋼の方が切れ味がいい、という印象は鋼の包丁が研ぎやすいからではないか〉と推測しています。
ステンレスとは鋼にクロムを混ぜた鋼材で「Stain(錆び)less(ない)」という名前の通り、錆びにくいのが特徴です。鋼の包丁よりも扱いが楽なので、家庭用としてはこちらのステンレス系がオススメです。
ステンレス鋼材にもいろいろな種類がありますが、判断のポイントになるのは「硬さ(硬度)」と「粘り(靭性)」です。一般的に包丁に使われる金属は硬いほど切れ味がよくなります。しかし、硬さは脆さにも繋がります。硬い包丁は落としただけで刃こぼれしてしまうので、家庭用途には適しませんし、研ぐのも一苦労。
逆に「粘り」を優先すると刃は丈夫になりますが、切れ味は落ちやすくなります。このあたりの妥協点をどこに見出すか、というのが包丁選びの基本的な考えになります。