十三
翌日から城を築く地を探すべく、藤九郎は藤十郎たちを引き連れて旅に出た。
清正の配慮で、護衛として和田勝兵衛の手勢百余を付けてくれた。あまりに厳重な警固なので減らしてもらおうとすると、勝兵衛は「これでも少ないぐらいだ」と言って険しい顔をした。それほど陣の外は危険なのだ。
藤九郎たちは手を尽くして海沿いの地を探したが、清正の望みに適う地は、なかなか見つからない。致し方なく海沿いの地から少し内陸でも、大河に面した地を探すことにした。
選地のために十日ほど費やし、ようやく清正の条件を満たす地が見つかった。城に適した小丘のある西生里という地だ。
河畔近くに小高い山があり、山から八百メートルほど東に下ると、海岸線が広がっている。そこまで城を築くことはできなくても、川を使って迅速に海に出られる。
だが問題もあった。
「兄者、石をどこから運ぶ」
「もちろん城の近くで、石の産地を探さねばならぬ」
石垣城を築く場合、近くに石の産地がないと、遠隔地から石を運ばねばならない。
「石は何とかするとしても、海までは遠すぎるぞ」
「この城の北東を流れる大河までは、さほどの距離でもない。そこに舟入を設ければ、海沿いに造るよりも風波を防げる」
本丸想定地の小丘の五百メートルほど北東を、回夜江と呼ばれる川が東流していた。つまり西生里は、岬状の半島が回夜江に突き出ている形をしていた。
四神相応の地相からすると、東は水の神の青龍にあたり、縁起のいい方角だ。こうした些細なことも、敵地で心細くなっている兵たちにとって心の支えとなる。
「兄者、いずれにしろ河畔まで城域に取り込むとなると、本丸から舟入まで、かなりの距離になるぞ。しかも相当の幅を取るので、城域は自然大きくなる」
藤十郎の言うことは理に適っている。
「ほかに適地はないのだ。ここに築くしかあるまい」
藤九郎とて西生里が理想的な地とは思えない。だが近くに、これ以上の適地が見つからないのだ。しかも早急に決定しないことには、厳しい工期を強いられる。
「わしは縄張りを考える。そなたは石の取れる地を探してくれ」
──いったん決断を下したら、何事も迅速に進めるべし、か。藤九郎は秘伝書に書かれた言葉を思い出していた。人には常に迷いがある。いったん決断しても何らかの障害に突き当たると、後戻りしたくなる。そうならないために、「引き返せないところまで突っ走れ」と父は言いたいのだ。
早速、藤九郎は縄張りの策定作業に入った。五月から経始が始まるので、実際の築城作業は六月からとしても、寒気が訪れる十一月には、人が入れるだけの城を完成させておかねばならない。
まず重要なのは、築城に際しての作業量だ。これが分からないと、どれだけの数の夫丸が必要で、いかなる作業に従事させるかがはっきりしない。
だが、そうしたことも縄張り次第となる。
百三十メートルほどの山頂部分を本丸にするのはもちろんだが、そうなると東西約三百五十メートル、南北約二百五十メートルの城域を取らざるを得ず、広さは優に二万五千坪となる。名護屋城は五万千五百坪で、工期は約六カ月掛かったが、名護屋城は天下普請なので、夫丸はふんだんに供給してもらえた。
──ところが、ここは違うのだ。
西生里では二万五千坪の敷地の城を加藤家だけで築かねばならず、比高百二十メートル余の高さになる本丸から、比高五メートルにすぎない最下段の曲輪との間には、距離と高低差がありすぎる。
──つまり類を見ない縄張りとなる。
藤九郎は幾度となく別の地を探そうかと思った。だが、その度に秘伝書の言葉を思い出した。
──いったん決めたら突っ走るのだ。
数日後、清正が現地視察に訪れた。
三宅角左衛門から一通りの説明を聞いた清正は、本丸予定地に拝跪する藤九郎たちに目を留めると言った。
「ここにしよう」
「お待ち下さい」
藤九郎がこの地の問題点を述べる。
「だが、この地なら理想的な舟入ができる。ここからなら容易に海に出て、いずこの城にも後詰に向かえる。ほかに、そうしたことのできる適地がないとしたら、ここに城を築くしかあるまい」
回夜江の上流まで見て回ったが、ここのような岬状の突出がある地はなかった。
「しかし、かように広い城が必要でしょうか」
「ああ、必要だ。この地に太閤殿下をお迎えするやもしれぬからな」
藤九郎は愕然とした。
「それは真ですか」
「うむ。殿下は半島に渡られるつもりだ。その時、最初に上陸するのは釜山で、そこの小丘上に今、毛利輝元殿が城を築いている。だが、ここに比べたら手狭だ。おそらく殿下は、もっと広い城に移りたいと言い出す。その時、近くに大城があれば、殿下は喜ぶ」
清正は秀吉との長い付き合いから、その気持ちを察するのに長けている。確かに西生里は釜山から十五里(約六十キロメートル)ほど北にあたるが、再度の漢城侵攻作戦が始まれば、本拠とするには理想的だ。
「この地に城を築け。夫丸は何とかする」
清正の命令は絶対だ。
「では、本丸域、城全体を囲繞する城壁、そして舟入周辺の普請を優先いたします。その他の曲輪は削平するのが精いっぱいとなりますが、それでもよろしいでしょうか」
「まずは兵が入れられればよい。本曲輪以外は、年が明けてから普請作事を行うことにしよう。とにかく堅固な城壁を築き、兵たちが安んじて眠れる城にするのだ」
「分かりました。全力で事に当たります」
「うむ。頼りにしておるぞ」
そう言うと清正は背後に回り、自ら着ていた陣羽織を脱いで藤九郎の肩に掛けた。
「こ、これは──」
「普請作事の最中、わしは常にこの地に来られるわけではない。この陣羽織をわしだと思い、そなたの小屋の衣文掛けに掛けておけ。城が完成した時、この陣羽織をそなたに下賜する」
「それは真で──」
「ああ、こうしたものは、本来であれば功を挙げた時に下賜するものだが、当面、そなたに預ける形にする。つまり、わしの身代わりだ」
そう言うと、清正は笑みを浮かべて去っていった。
その後ろ姿を見つめつつ、藤九郎は責任の重さを痛感した。
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