※本記事にはDVに関する描写があることを予めご了承ください。
信田さよ子(のぶたさよこ) 岐阜県生まれ。原宿カウンセリングセンター所長、臨床心理士。病院勤務等を経て1995年に原宿カウンセリングセンターを開設。さまざまな依存症や摂食障害、DVや虐待などに悩む人や家族へのカウンセリングを行っている。近著に「後悔しない子育て」(講談社)「性なる家族」(春秋社)等。
身体的暴力から精神的暴力へ
—— 今回の件で、謝罪して幕引きしてしまうのは良くないと思っています。信田さんにお話を伺える貴重な機会なので、少しでもDVについて世の中の人に知ってもらう記事にもしたいと考えています。なので、もう少し信田さんにDVの実態についてお伺いしたいです。
幡野広志(以下、幡野) DVって、一般的には身体的な暴力を想像しがちですよね。でも今回の炎上をきっかけに、DV被害女性の方たちから連絡をもらってやりとりしたところ、実は身体的暴力よりも、声を荒げてくるとか、威圧してくるとかのほうが多いというのがわかってきて。
信田さよ子(以下、信田) そうですね。
幡野 僕は写真業界の人間なんですけど……。
信田 ああ、とても男性中心社会な印象がありますね。
幡野 そうなんです。まだ徒弟制度みたいなものが残っていて、はっきり言って、今でも女性にとってはやりづらい業界です。いじめとパワハラがすごく多い。先輩たちから聞くと、70~80年代の写真業界は身体的暴力が日常茶飯事だったそうなんですが、それが近年になって威圧や恫喝に入れ替わってきているらしくて。
信田 DVも同じ構造ですね。
幡野 やっぱりそうなんですね。この変化って、学校の部活とかでも同じだそうなんですが、僕より上の世代くらいだと後輩を殴るのが当たり前だったのが、だんだん威圧したり、恐怖心を植え付けることで、相手をコントロールするようになってきていて。
信田 あとは会社もそうですね。DVの加害者更生プログラムをやるときに、自分のしたことがどれだけ妻にとって抑圧になるか、自分の上司で想像してみてください、って言うんです。あなたにとって良い上司ってどういう人ですか、一番嫌な上司はどんな人ですか、上司にされて嫌だったことはどんなことですか、って聞いていくと、ほとんどの人が嫌な上司と同じことをしていたことに気がつく。それで自分が妻にしたことがだんだん理解できてくる、という。
幡野 嫌な上司を想像させる方法は男性には理解しやすいかもしれないですね。
信田 ちなみに、私が実施しているDV被害者のグループでは参加者の半数以上が、非身体的DV被害者なんです。参加者は8人程度ですが、殴られた経験がある人は2人か3人くらい。
—— DVにはどういう種類があるんですか?
信田 身体的DVと性的DVが両巨頭です。それ以外ですと、例えば経済的DV。
幡野 これはよく聞きますね。
信田 この場合、夫は自分の収入の額を絶対に妻に教えない。最近はお互いに教えない夫婦も多いけど、かつて専業主婦が多かった時代は、子ども3人で育児が大変という妻でも、一度も給与明細を見せてもらったことがない、なんて話を聞きました。ある事例だと、妻が生活費はもらえるけどかつかつだから、「すみませんちょっとお金が足らなくて……」とお願いすると、「どうしてこれで足りないの?」「あなたの家計管理能力がおかしいんじゃないの?」「これからは全部帳簿付けてね。僕が逐一チェックするから」と詰問されるなんて話がありました。
幡野 やっぱり嫌な上司と同じですね。
信田 他の事例だと、結婚したあと「僕のカードを好きに使っていいよ」と渡されるんですが、夫名義だから月末に明細が来てしまう。そのたびに「これはなんなの?」「どこのレストラン?」「誰と行ったの?」「何時間くらいいたの?」って全部聞かれるなんて話もあります。
—— 罠みたいですね……。
信田 家庭のためのお金は出さないのに、自分だけ高級な釣り道具を買っていたり、趣味にお金をかけていたり。台風で屋根が飛んでも修繕費も出してくれないから、妻と子どもが寝ている2階の寝室は畳が腐ってしまったのに、雨漏りしない1階の自室でのうのうと暮らしているって事例もありました。
幡野 経済的DV以外だと、子どもを利用するパターンもありますよね。
信田 そう。「ママってバカだろう?」って吹き込んだり。
幡野 ……最悪だと思う。
信田 あとは、妻が夫の言うことに反論すると、「お前がそういうことを言うから子どもがちゃんと育たないんだ」とか、「お前のせいで子どもが悲しむんだ」みたいなことを言ったり。
—— うわぁ。
社会的評価が高い人がDVをする心理
幡野 DV加害者は、職場でもパワハラするようなタイプが多いんですか?
信田 そうとも限らない。職場ではグッドボス(よい上司)だからこそ、家庭では変貌するというパターンも多いんです。
幡野 社会的評価が高い人が、実は家では暴力的なことがあるというのも同じですか。
信田 そうです。以前、DV被害者グループの参加者が、たまたま本屋の書棚で夫が書いたDVに関する本を見つけてびっくりした、という話を聞きました。医師や官僚といった職業の方も珍しくありません。
幡野 職場では評価が高いのに、家庭になると豹変するんだ。
—— 外で居場所がない人が家の中で威張り散らすのはわかる気がするんですが、社会的地位がある人が、家庭でDVに走るというのはどういう心理なんですか?
信田 加害者には3種類ある、という有名な説があります。1つ目は家庭内でも家庭外でも暴力的な人で、わかりやすいですね。2つ目はなんらかのメンタル的問題を抱えていて、スイッチが入ると止まらない人。3つ目は社会的には適応していて外面はいいのに、家族に対してだけ支配的な面を見せる人です。
—— そうなるのはなぜなんでしょうか?
信田 その人が持つ家族観(夫婦観)の問題だと思う。ある団塊世代の哲学者の方と話したときに、彼が「家族って自我の延長でしょ」って言ったんですよ。私は、え?と思って。すごい言葉じゃないですか。すると、そこにいる男性たちが「そうだよね」って頷いたんです。いやいや、勝手に自我の延長にされたほうはたまったもんじゃないですよ。
幡野 それは、たまったもんじゃないですね。父親から「俺の自我の延長」って言われたらふざけんなって言っちゃう。
信田 ですよね。それが珍しくなかった世代なんでしょうね。そういうところはいい意味で変わってきたと信じたいですが……。フランスの哲学者、ミシェル・フーコーという人が「権力は状況の定義権である」って言っていたんですね。彼らの考え方はまさしくそういうことで、家族の中では何が正しいかどうかは夫(父)である自分が決める、自分が正しいと思うことを、家族みんなが正しいと思うべき、ということですよね。
幡野 それこそ相手をコントロールしたいんでしょうね。
次回「DV被害者の告白が信用されないという問題はなぜ起きてしまうのか」は2/24更新予定。