堪えた取材キャンセル
定食屋店主から、取材当日『体調がよくないが、延期は可能か』というメールが届いたことがある。編集者、カメラマン、私の3人は、当日朝、メール1本で仕事が飛んだ経験がないので慌てふためいた。電話をかけても出ない。
ふだんなら、体調が悪そうなら前日にでも1本連絡が欲しかったと思っただろう。だが今年は違う。ひとりで営んでいて、この時勢だ。よほど切羽詰まっているに違いないと、無事を祈った。
この時期に、外食産業を取材することにはたくさんのリスクがある。ましてや、相手は個人や家族経営の定食屋である。
カンニング竹山さんをはじめたくさんの著名人、スポーツ選手に愛された神宮外苑の「水明亭」は、オリンピックによる立ち退きで、泣く泣く56年掲げていたのれんを下げた。おかみさんは「従業員もいますし、できるだけ早くまた別の場所を探してきっと、復活してみせます」と力強く語っていたが、その後、コロナの禍が列島に降りかかり、復活の知らせは聞いていない。
今さら言っても仕方ないが、オリンピックが延期になるならもう1年できたのに。いやしかし、ご自身も高齢だったから、体のためにはこれがよかったのか……。東京のどこかで今もご無事でおられることを祈るのみだ。
生姜焼きに大きなチキンカツ2枚がどんと突き刺さった『スタミナ野郎丼』が人気の「キッチン男の台所」は、取材が2月。翌々月の緊急事態宣言後は、飲食スペースをすっぱり閉じ、テイクアウト専門店に切り替えた。
どんな産業もそうだが、とりわけ定食屋にとって2020年は厳しかった。ひとりで切り盛りしていたあの店は? 高齢の姉弟で営んでいたあそこの店は? と、取材した店の心配を数えたらきりがない。
だから突然の取材キャンセルは、揺れる定食屋の“いま”を表しているようで、ひどく堪(こた)えた。
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