お父様は暴漢に襲われたのです」|素志貫徹(十二) 1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。青年期から最晩年まで、「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、令和版大隈像をお楽しみください。

十二


 大隈は夢を見ていた。

 場面は佐賀城下で、数間先を皆が歩いている。副島が先頭を行き、江藤が肩を怒らせるように続き、大木が遅れ気味になっている。集団の中には、何冊もの本を抱えた佐野や、小柄で撫で肩の久米の姿もある。

 後頭部しか見えていないが、なぜか皆の顔の細部まで分かる。皆は何かを語り合いながら笑い合っていた。大隈もその笑いの輪に入りたくて、もがくように進んだ。

 —どうしたんだ!

 だが、いつもは誰よりもすばしこい大隈なのに、どういうわけか足が前に出ない。そのじれったさといったらない。

 その時、集団の中から空閑次郎八が戻ってきてくれた。

 —なんだ。空閑は生きていたのか。

 青年の頃に早世したと思っていた親友の空閑が、満面に笑みを浮かべて迎えに来てくれた。その顔は少年の頃のままだ。

「八太郎、どうした」

「いや、困ったことに、うまく歩けんのだ」

「どうしてだ」

「分からん」

 その時、皆がそろって戻ってきた。

 —わしの仲間だ!

 叫び出したいほどの喜びが込み上げる。

「何をやっているのだ」

 江藤が険しい顔で問うと、久米が茶化した。

「また草鞋でも切れたんですか」

「いや、そういうわけでもないらしい」

「おい」と言って副島が大隈の足元を指差す。

「どうかしましたか」

 でも、どうしても足元がのぞき込めない。

 親友の空閑次郎八が気の毒そうに言う。

「八太郎、心して聞け」

「何だ」

「そなたの右足がない」

 大隈はその言葉の意味が、はじめ分からなかった。

 続いてやってきた副島が、死の宣告を下すように言う。

「八太郎、足元を見てみろ」

 大隈が身悶えるようにして足元を見た。

 —ああ、本当だ。右足がない!

 次の瞬間、大隈は転倒した。大隈は必死に立ち上がろうとしたが、身悶えするだけで立ち上がれない。そんな大隈を、皆が上から見つめている。

「た、助けてくれ!」

 だが誰も何も言わない。

 —ああ、わしの足がなくなってしまった。

 もう皆と一緒に遊べないという絶望が、ひたひたと押し寄せてきた。


「お父様、お目覚めですか!」

 遠くで女の絶叫が聞こえた。

「ああ、ここはどこだ」

「よかった」

 少し顔を横に傾けると、熊子がいた。

「なんだ、熊子か」

「はい。熊子です」

「綾子はどうした」

「義母様は先ほどまでこちらにいましたが、私と交代で家に帰りました」

「そうだったのか」

 起き上がろうとする大隈を、熊子が制する。

「まだ無理です。ゆっくりお休み下さい」

「あっ」

 その時になって、ようやく大隈は右足がないのに気づいた。

「わしの足はどうした」

「残念ながら、切断せざるを得ませんでした」

「切断だと—。どうしてだ」

 大隈は記憶を手繰ろうとしたが、頭の中で時系列が混乱して、どうして右足がないのか思い出せない。

「お父様は暴漢に襲われたのです」

「暴漢にだと—。それで足を失ったというのか」

「はい。馬車に爆弾を投げ込まれたのです」

 ようやく記憶がよみがえってきた。

 あの時の驚きがよみがえる。

「凄い音がしたな。あれは爆弾だったのか」

「そうなんです。なんてひどいことを—」

 熊子が泣き崩れる。

「今日は何月何日だ」

「十一月三日です」

「襲われたのは—」

「十月十八日ですから、かれこれ十六日間、お眠りになっていたことになります」

 —そうか。その間に、政局は変わっているな。

 大隈はもう右足のことを忘れていた。

「仕方ない。足一本で済んだのだ。この僥倖に感謝しなければ」

 そうは言うものの、大隈はまだ五十二歳なのだ。これからの不自由な生活を思うと、暗澹たる思いに囚われる。

「お父様がお可哀想」

 熊子が目頭を押さえる。

 右足を探ると、膝の上から切断されていた。

 —膝上となると、いろいろたいへんだ。

 膝下なら関節があるので、さほど不自由はしない。だが膝上だと方向を変えるだけでも一苦労となる。

 それでもその後、大隈は情報を集め、アメリカの会社が開発したという最新の義足を注文し、歩くことに関しては何の不自由もなくなる。

 嗚咽する熊子をぼんやりと眺めていると、看護師が入室してきた。

「大隈さん、ああ、よかった。意識を回復なさったんですね」

「はい。いましがた」と熊子が答える。

「政府の偉い人たちが、お見舞いに来ていますが会われますか」

「父は見ての通りです。とても無理です」

「いいや、会う」

 大隈は少しでも早く政局を知りたかった。

 大隈の意志を確認した看護師が去り、しばらくすると、男たちが入ってきた。伊藤とお付きの者たちである。

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伊東潤

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