どうも。
気が付けば、師匠の僧が走り回る月を迎えてしまいました。
今年は特に早かったなあ。いつの間にか時が過ぎておりましたわ。
ある日、目が覚めて枕もとを見ると、信じられない長さの髪の毛が落ちていて、
「ヒぃッっ!……っっっっだ……っっっ……だれ!!!!????幽霊?!?!」と、本気でビビったあと、「あ……自分のだわ」と、拍子抜けしました。
いつの間にか、自分のだって気が付かないくらい髪の毛が伸びておりましたわ。
まるで、久しぶりに外に出てきたモンテクリスト伯ですわ。ははは。
さあて、復讐ではなく人生の復習をしましょうか(うまいこと言ったつもりだよ)。ゴー♪
巨匠との出会い~Q~
巨匠との最後の対峙に向け(前話参照)、もう何度読んだかわからないポーの一族全巻を再び読み、今まで演じてきた事で身に着いた技術を今一度復習し、万全の態勢で集合日を迎えた。
教室にて、ただならぬ気合で巨匠が来るのを待つ。緊張しつつ、それでも今日までの準備期間を思い出し、「ドンと来い!」という精神で出迎えた。
時間になり、教室に巨匠が入ってきた。
……そこには、いつもとは違う、ただただただただただただただならぬオーラを纏った歴戦の勇者のような巨匠の姿があった。
自身の作品を最高の物にしたい!という並々ならぬ気合いは毎回感じていたが、やはり、33年越しの野望を実現しようとする方の気合いの凄さは、とてもとても比べられたものではなかった。
そんな先生の姿を見て、自分の覚悟の浅さに不安がよぎった。
だが、先生の夢が叶う瞬間に立ち会う事ができるのは、とても光栄なことだ。
それに、この13年間、ありとあらゆるおじさんを演じてきた。
部族の長、執事、執事長、医者、怪しすぎる医者×2、女形、八百屋、右大臣、悪いおじさん、良いおじさん、変なおじさん、車引きetc……
おじさんに関しては割と網羅したはずなので、次にどんな役が来ようとも、しっかりと深めていこう……と、改めて強く決意した。
私が演じることになったのは、「ビル」という「自分の妻が殺されたのはバンパネラのせいに違いない!!と、ポーツネルの一族を怪しんでいる墓守の男」の役と、
「ハロルド」という「アランの叔父で、トワイライト家の財産を根こそぎ自分のものにしたいので、アランに自分の娘をゴリ押しし、母親にも手を出すという最低な男」の2役だった。
ビルは、作品の冒頭で「いかにしてエドガーがバンパネラになってしまったのか」、そしてハロルドは、作品の終盤で「いかにしてアランがバンパネラになってしまったのか」 ということに深く関わってくる。
前者は復讐するという強い意思、後者は人間が人間であることを辞めたくなるくらいに追い詰めていく心の醜さ、そういう「生きている人間」の意思をいかに深く表現できるかがカギだった。
特にハロルドは、私にとって本当に初めて演じるジャンルのおじさんだった。
今までも何度か悪役を演じてきたことはあったが、悪を重ねていくうえでなんだか愛おしさが生まれたり、憎めないところがあるおじさんが多かったが、
ハロルドは、心の底から憎い「愛せない悪役」だった。
彼は一見聖人のような面構えで、その実、腹の底では「自分が全てを掌握するのだ」という支配欲に塗れた人間。もしかすると身近にも存在してしまいそうな、リアルな極悪さを求められる。
元々自分の存在感はコメディタッチ(というか胡散臭いというか)と自負していたので、シリアスに演じるにはどうしたら良いか……と考えたとき、ふと、『エリザベート』で演じた革命家・ツェップスの事を思い出した。
ツェップスは、巨匠に叱咤激励を受けながらなんとか演じることが出来た大切な役。
彼を演じるにあたり、「天真みちるが演じる」という役者優先の演じ方ではなく、物語に溶け込む、役優先の芝居(ハンターハンターで言うところの自我の「絶」)をすることを深く掘り下げることができたので、私はツェップスをベースにハロルドを創っていくことにした。
巨匠は私の芝居を見て、
「もっとセリフに色を塗りなさい」
と仰った。それは、「もっとセリフに抑揚を付けなさい」という意図だったと今ならわかる。
でも私は、ただ言われたとおりにノートに書いたセリフに、試験前の教科書のアンダーラインのように色を塗った。
日を重ねてもちっとも抑揚のつかない、何の色味も無く発せられるセリフにもどかしさを感じた巨匠は、とうとう
「あなたは本っっっっっ当に頓珍漢ですね!!!!」
と、語気強めに言い放った。
自分の理解力の無さにショックを受けたが、むしろ、巨匠の頓珍漢という言い方に優しさを感じた。
このままで良いはずがない。私は再び一から役の解釈と場面の作り方を考えていった。
改めてハロルドのセリフの色について考えてみると、彼の、相手を不快にさせる、優し気な物言いの奥にある、人を見下したような『声のトーン』は、余り自分が発したことが無いことに気が付いた。
自分の頭や心の中からは聞こえてこないので、自分が普段会話していて、語気が強めな人に「いつもどんな風に話そうと思っていますか?」と、インタビューしてみることにした。
だが、聞いた相手は全員口を揃えて、「別に何も考えていない」と言う。
この結果をもとに、私は「別に何も考えていない」というマインドで次の稽古に臨んだ。
その結果、私の話し方がどういう風に聞こえるかを周りに聞いてみた。
すると、聞いた相手は全員口を揃えて「とても優しい人の話し方に聞こえる」と言う。
……そんなはずはない……。
私は今一度自分のセリフを発する声を録音して聞いて、一体何が足りないのかと必死で考えた。
みんなの言う通り、ただの優しい人の話し方でしかなかった。
なんなら、人を傷つけるような内容の台詞でさえ、その言葉にそぐわない優しい物言いに聞こえる。
なんでこんなことになるんだ……と、自問自答を繰り返した結果、 やっと一つの答えに辿り着いた。
私は、人を不快にさせる言い方を、知らず知らずのうちに自分の中に封印してしまっていたのだ。
別に、完璧な聖人を目指しているというわけではないので、愚痴も悪口も言うときは言う。
でも、その際の「嫌味なトーン」が苦手なので、まるで落語を聞いているような、聞いた相手が笑えるようなトーンで会話したいと常々思っており、それを心掛けている。
誰かに不快なトーンで話しかけられ、それを誰かに愚痴るときは必ず、誇張して笑えるように変換して話していた。
そんな私が「別に何も考えていない」状態で話す言葉は、ただの「優しいトーン」の声でしかない。
「嫌味なトーン」にするならば……
本気で相手を傷つけてやろう、という意思を持って、相手にぶつけるしか方法がない。
この日から、ハロルドを演じる上でのマインドがしっかりと定まった。
ハロルドは、財産が欲しい一心で、「身内として心配しているんだよ」といい人を装ってアランを追い詰めていく。
目の前にいる、アランを演じる柚香光(ゆずか・れい)ちゃんに、「傷つきやがれ!!」と攻撃性を持ってぶつかっていく。
それを受けて、光ちゃんも、信じられないくらい鋭い憎しみの眼差しを向けてくるようになった。
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