ラファエッロ、恋人同伴エピソードがちょっと怪しい……#2

イタリア・ルネサンス芸術家たちの真の姿に迫る新連載「虚構のルネサンス」。美術史家の古川萌さんが当時の芸術観・アーティスト像をひも解きます。
「ラファエッロ」シリーズ第2回は、彼女を職場に伴って仕事をしていたというエピソードについて。現代では「そんなことある?」と思ってしまう逸話のホントのところを探っていきます。

高貴で、優美で、礼儀正しく、理想的?

まずは、ルネサンス期に広まったラファエッロのイメージを確認しておきましょう。

16世紀のうちから、ラファエッロはしばしば「優美」な画家であると書かれています。これは、単に彼の立ち居振る舞いがエレガントであったという意味ではありません。16世紀における「優美grazia」は、なんとも形容しがたい魅力のことを指します。こう言うとビックリするほどつかみどころがないうえに身も蓋もないのですが、高貴な人々はそうした魅力を生まれながらに持っていて、意識しなくてもそれがにじみ出るものだ、と考えられていたのです。つまり、ラファエッロは高貴な人々の仲間入りをするにふさわしい人物だと捉えられており、画家という職業が教養を要しない「手仕事」としてステータスが低かった時代において、画家が目指すべき頂点だったのです。

そのようなスター的存在だったこともあって、ラファエッロが亡くなったときには、すぐに多くの著述家が筆をとり、さまざまな文章を残しました。たとえば、人文主義者パオロ・ジョヴィオは、1523~27年頃にレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロの三人について短い評伝を書いていますが、そこでは以下のように描写されています。

彼〔ラファエッロ〕の作品のすばらしさもさることながら、無類の礼儀正しさでもって有力者と非常に親密になれたことが、彼にその見事な技を発揮する機会に事欠かないほどの名声をもたらした。

ここでラファエッロは、礼儀正しい態度のおかげで有力者とお近づきになれたことが強調されています。ジョヴィオはラファエッロのパトロンの一人であった教皇レオ10世の宮廷に出入りしていた人物なので、教皇に対するラファエッロの態度を近くで見ていたのでしょう。

ラファエッロ・サンティ《自画像》1506年 ウフィツィ美術館

古代ギリシャに見るパトロンとの蜜月関係

こうしたパトロンとの理想的な関係は、じつは古代ギリシャに原形があります。アレクサンドロス大王に仕えたといわれる伝説的画家アペレスです。アペレスは古今東西並ぶ者がないほど高い技術をもったと言われる画家で、ルネサンス期には優れた画家の代名詞となりました。残念ながらアペレスの絵は一枚も残っていないため、わたしたちが自分の目でその技術を確かめることはできないのですが……。

そのアペレスについて、古代ローマの歴史家プリニウスが記すこんな話があります。アペレスはアレクサンドロス大王のお気に入りで、あるとき王は愛妾であったカンパスぺという女性の肖像を描くようアペレスに命じました。アペレスが彼女をヌードで見事に描いたところ、出来上がった絵を見た王は、アペレスがカンパスぺのことを自分よりも深く愛していることに気づき、あっさりとカンパスぺをアペレスに譲ったのだそうです。カンパスぺの気持ちが完全にスルーされていて、21世紀の人間としては居心地の悪い逸話ですが、これがルネサンス期には忠実な画家と鷹揚なパトロンという理想の関係をあらわす物語として受け入れられていました。


注文主はアレクサンドロス大王?

ところで、この連載で前回紹介したラファエッロの逸話には、注文主の計らいで仕事場に愛人を連れ込むことができたという話がありましたね。この注文主は、シエナ出身の銀行家アゴスティーノ・キージです。そのときヨーロッパでいちばんの金持ちで、教皇にもお金を貸すほどでした。逸話の舞台となったのはヴィッラ・ファルネジーナ。ここは後にファルネーゼ家の別荘になったのでこの名前(ヴィッラはおもに客人を招くための別宅)で呼ばれていますが、もともとキージの屋敷で、彼は愛人との結婚を契機に自邸を美しく装飾しようと、ラファエッロをはじめとする当時トップクラスの画家たちを雇ったのです。

ラファエッロが愛人と過ごしながら作業をしたとされるのは、屋敷1階の「ガラテアのロッジャ」および「プシュケーのロッジャ」ですが、ここでは2階にある夫妻のベッドルームに注目してみましょう。そこにも大規模な壁画が残されていて、その中でも目立つのは、やはりシエナ出身の画家ソドマによる《アレクサンドロス大王とロクサネの結婚》です。ソドマはこの絵をラファエッロの図案を元にして描いたといわれています。

ソドマ 《アレクサンドロスとロクサーナの結婚》 1516年 フレスコ ファルネジーナ荘、ローマ

絵を見ると、赤いカーテンで飾られた巨大なベッドの奥に、円形の鏡が掛かっていますね。そして、鏡のなかには黒いカーテンに隠されたもう一つのベッドが見えます。つまり、この鏡に映っているのは、絵画空間ではなく、現実世界にあるベッドなのです。実際、このベッドルームには赤と黒のカーテンがかかったベッドが2つ置かれていました。

結婚という主題の選択と、現実のベッドルームのようすを絵のなかに反映させていることから、キージが自らをアレクサンドロス大王に、妻をロクサネになぞらえていることは明らかです。

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虚構のルネサンス

古川 萌

ダヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェリ……「天才」とまつりあげられた偉人たちには、たくさんの逸話や伝説があるけれど、どこかちょっぴり嘘くさい。そこにはイメージ操作や政治的もくろみ、強い野心があったんじゃ……? 大げさ...もっと読む

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cari_meli 連載「虚構のルネサンス」、ラファエッロ第2回が更新されております☺️ヴィッラ・ファルネジーナで恋人同伴で仕事をしていたという逸話、同時代の人が読んだらどう受け止めたのでしょうか。その鍵はパトロンの自己像にありました。1週間無料です! https://t.co/8PvHZnTQnu 3ヶ月前 replyretweetfavorite