映画を見ているとき、違和感を覚えて物語に集中できなくなることがある。登場するライター業の描き方だ。
無精髭をはやして、タバコをふかしながら原稿に向かう独身かバツがついている男性とか、一人で飲んだくれている女性だとか。大概、人間性がどこか破綻していて、自堕落的に振る舞う。
無頼。
彼らにはそんな言葉がよく似合う。もちろん映画は現実とは違うことはわかっているし、ライター業といっても幅広い。簡単に「リアリティがない」と切り捨てられない、妙なざわつきがあった。
面白い仕事のためなら、生活や人間性は捨てなくてはいけない。
彼らがタバコをふかす横顔を見ていると、そういうメッセージを少なからず感じてしまう。そして同時に、あの日かかった呪いを思い出す。
先輩ライターに言われたひとこと
知り合いの編集者に誘われ、池袋の書店で開かれた出版イベントの打ち上げに参加させてもらっていたときだった。ちょうど私は新卒入社した会社を辞め、メディア業界でバイトをはじめたばかり。編集者や新聞記者、ライターなど、第一線で活躍している人々の話を間近で聞ける機会だった。
橙色の照明がいくつか灯る居酒屋で、四方八方から笑い声が飛び交う中、1人のライターが私に話しかけてきた。
まもなく40歳になろうとしている書き手で、私は彼の文章のいち読者だった。彼は私の仕事を知ってくれているようで、業界の先輩として彼なりに仕事について教えたいことがあったのだと思う。私も、彼の話に今後の仕事でヒントになることがあるような気がして、聞き逃さないように耳を集中させた。
しばらく話を聞いていると、彼はアルコールが回ってきたのだろう、「俺は野垂れ死んでもいい」と語り始めた。
「好きなことを仕事にするってことは、野垂れ死ぬ覚悟が必要なんだ。いつもそう思ってこの仕事をしてる。俺はいつ野垂れ死んでもいい」
どんなに素晴らしい文章であっても、空腹は満たせない。インフラのように生活を支える基盤でもない。泡のような仕事に就くことは、いつ食い扶持が絶たれるかわからないリスキーな人生を選ぶこと。安定を捨てる覚悟がないとこの仕事は続けられない。きっとそういう意味なのだと思う。
彼は、瞼にめいっぱい力の入ったまばたきをしながら、目を開けては必死に焦点をあわせようとしながら話す。岩壁に必死にしがみついているみたいに、グラグラになりながら言葉を放った。
「お前はつまらない男にひっかかって、いずれこの業界から消える。俺はそういう女をたくさん見てきた」
自分に向けられた言葉に驚いて、彼が何を言っているのかよくわからなかった。うるさいはずの居酒屋なのに、さっきまで聞こえていた笑い声も、グラスを交わす音も全く聞こえなくなった。その日の記憶は、この言葉をもって、ぷつりと途絶えている。
馬鹿にされたこと、軽んじられたこと、怒りのポイントはいくつもある。でも、何も言い返せなかったのは、私は彼の言い分を少し理解していたからだ。私自身、大学時代にキャンパスの端っこで「あの子、彼氏ができたらつまんなくなったよねー」と悪口を言っていた”側”の人間だった。
男女が行き交う大学の中で、たまに話す友人に恋人ができる度にそう思った。学生時代を一人で貪ってしまった人間の僻みでしかないものの、私の目には、友人たちは恋愛が成就した瞬間、それまで放っていた光のようなものが消えていくように感じていた。
充足。
これ以上何も求めない。もっともっとと進もうとする力がなくなっていく。これまでは映画とか音楽の話で盛り上がっていたのに、急に恋人の話しかしなくなる。どこへ行くにも”つがい”のように2人一緒。そういう同級生を眺めては「つまんないの」と思っていた。
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