稲荷市場の「中畑商店」
JR神戸駅から歩いて10分ちょっとの場所にある「中畑商店」に初めて行ったのは2017年の3月ことだった。兵庫県に住んでいて、神戸のいい居酒屋をたくさん知っている山琴ヤマコさんという方が「きっと気に入りますよ!」と案内してくれたのだ。酒場ライターのパリッコさんも一緒だった。ライターの金原みわさんが当時やっていた『金原みわの珍人類白書』というラジオ番組があり、そこにパリッコさんと私がゲストとして招かれ、その収録に来たついでに立ち寄ったのである。
中畑商店は、店内に置かれた鉄板の目の前の椅子に座り、店主が次々に焼いてくれる串焼きの中から好きなものを取って食べていくスタイル。一番安い「ホルモン」の串は1本50円(現在は60円になっている)で、それをニンニクの効いた自家製ピリ辛ダレにつけて食べる。こんなに美味しいのにこんな値段でいいんだろうか、と誰しも驚くはずだ。この店のホルモンは「フワ(肺)」のことなのだが、それ以外にも、「アバラ」、「シンゾー(心臓)」、「レバー」の串焼きがあって、それもまた旨い。しいたけ串、ししとう串も捨てがたい。お皿で提供されるミノ焼きも絶品なんだよな……。
その時は小1時間もいられなかったのだが、私はそれだけで中畑商店がすっかり好きになり、その後も通うようになった。中畑商店がある場所は、かつて「稲荷市場」というアーケード街だった。1995年の阪神・淡路大震災のダメージを大きく受け、その後、徐々に商店がシャッターを下ろしていったという。今やその市場の面影はすっかり消え、中畑商店をはじめとした数店がその場で営業を続けているのみ。初訪問時にはまだアーケードが一部だけ残っていて、「稲荷市場」と書いた看板も写真に撮った。
それからしばらくしてそのアーケードも撤去され、今ではまさかここにかつてアーケードのついた商店街があったなんて、想像する方が難しいぐらいである。一帯は再開発されつつあり、すでに高層マンションが建っている。まるで寄せる波にじわじわとその輪郭を削られていく孤島のように中畑商店のある一画が残り、それゆえに、時代とともに町が変わっていくということの容赦のなさとそれに抗いたい思いとの象徴のような存在になっているのを感じる。近くで「salon i'ma」というイベントスペース(現在、移転準備中)を運営する三宗匠さんや、稲荷市場に出会って神戸に引っ越してくることを決めたという文筆家の平民金子さんたちは中畑商店と家族ぐるみで深く関わり、活動の拠り所にしているように見える。
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