(前回からのつづき)
『舞姫』から学ぶことができる恋愛
さて、ここまで詳しく見てきましたが、豊太郎の選択それ自体は、今回考察したいテーマではありません。2つの選択を斟酌してみることに意義があったわけで、こうして費用対効果を考えることは、現代の恋愛においてもたいへん役立つからです。
たとえば、わたしたちは現在、恋愛や結婚に際して、以下のような問題に直面する場合があります。
・遠距離恋愛になったら、交際を続けるかどうか?
・二人の男性から同時にプロポーズされたら、どちらを選ぶか?
・自分は相手のことが好きだけれど、両親に猛反対されたら別れるべきか?
・結婚前に恋人の女性が妊娠したら、産んでもらうかどうか?
・相手の浮気が発覚したときには、相手と別れるかどうか?
このように、人生においては二者択一の決断をしなくてはならないときが多々ありえます。
たとえば、二人の男性から同時にプロポーズされた場合を具体的に考えてみましょう。
あなたが女性だとして、二人の男性(A君とB君)からプロポーズされたとします。A君は、年収400万円の公務員、性格も穏やかで見かけも良い男性です。他方、B君は年収800万円の商社マン、性格は攻撃的で浮気性ですが、コミュニケーション能力が高く、一緒にいて楽しい人です。どちらを選びますか?
おわかりのとおり、A君にもB君にも長所と短所があります。どちらを選ぶかはたいへん難しい問題です。最後には直感で選ぶというのも考えられないことではありませんが、しっかりとあなたにとっての費用対効果を考えてから決断すべきです。
一人を選ぶということは別の人を選ばないということでもあります。第1章でも述べましたが、ここで生じるコストを経済用語で「機会コストの損失」と呼んでいます。機会コストとは、1つの選択をすることによって、別の選択で得られたであろう利益を指します。上記の場合、たとえばA君を結婚相手に選ぶとしたら、B君から得られた利益は失ってしまうということです。恋愛においては、このような機会コストも考えて決断する必要が出てくるということは、覚えておいてもいいでしょう。
『舞姫』から考える同棲
さて、実は費用対効果のほかにも、『舞姫』が提供する斬新な視点があります。鷗外は時代に先んじていろいろなテーマをわたしたちに考えさせてくれているのですが、中でもとくに注目したいのが、「同棲」と「国際結婚」の2点です。
まず「同棲」です。明治時代に小説内で同棲を描いたことは、実に先見の明がありました。 当時の日本では不可能でしたが、現代社会においてそれはごく普通の恋愛の一形態だからです。『舞姫』の舞台であるドイツはもちろん、たとえば米国では1990年代後半には約半数が結婚前に同棲を経験しています。
わが国の場合は増加傾向にはありますが、割合はそこまで高くはありません。同棲に関するデータが最初に世に出たのは1987年のことですが、それによると当時の同棲経験率は 男性3.2%、女性2.8%でした。その後徐々に上がってゆき、2015年には30 代前半の男性では10.4%、女性は11.9%になっています。10年で3ポイントくらいのペースで 上昇している計算になります。
また、年齢別の同棲経験率は、図2-1に掲げたとおりです。当然のように、年齢が上昇するにつれ経験率が上がっています。同棲する理由としては、お互いを保有したいという若 者特有の恋愛バブルがまず挙げられます。そのほかの要因としては、社会的に認められるようになったという時代背景や、同棲の方が経済的に効率的であることなどが考えられます。
図2-1 年齢別同棲経験率(出典:国立社会保障・人口問題研究所)
ただし、同棲しても、それが結婚に直接的に結びつくかというと難しい面があります。たとえば、男性の心理として、基本的に結婚には消極的になりがちです。結婚とは母子に有利なシステムであり、わざわざ苦労する結婚に飛び込みたくないという心理が働くからです。お金は妻の管理下におかれ、独身時代のような自由はなく、子どもができれば子ども中心の生活が始まり、ますます制約が多くなる。したがって、男性がプロポーズするときとは、結婚して初めて手に入る ものがあると考えた場合だけです。
一方で同棲は、男性にとって結婚後にしか叶わないはずのものが結婚前に手に入るものなのです。まず相手を独占的に保有することができます。お互いの合意があれば好きなときにセックスできます。おいしいごはんをつくってもらえるかもしれ ませんし、家事の負担も減ることでしょう。さらには家賃も折半になる可能性もあります。入籍することなしに、結婚後でしか得られない利益を享受しているのが同棲なのです。
ですから、女性としては、同棲を始める際に入籍の約束をしてからでないと、男性の結婚への意欲が乏しくなってしまい、結婚に至るには相当のエネルギーが必要となる点を承知しておくべきです。『舞姫』の豊太郎とエリスも、結婚することなく破綻してしまった同棲だったわけですから。
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