大阪ビル酒めぐり―欲望のエネルギーを感じる酒

東京で生まれ育ち、数年前に大阪に転居したライターのスズキナオさんが、大阪をはじめとする味わい深く個性豊かな酒場の数々や酒にまつわるエピソードなどを通じて関西の土地や文化と出会う。『深夜高速バスに100回くらい乗ってわかったこと』も話題の”ウェブライターの真打ち”が満を持して「酒と関西」に向き合います!今回は大阪ならでは?の、ビル内酒場めぐり。まさかの「生ビール 1杯無料」の店とは?(毎週水・土更新)

ビル内の居酒屋という文化

 駅ビルとか大きな商業ビルの多くに「飲食店フロア」が作られている。寿司屋、ステーキハウス、イタリアン、高級中華、お好み焼き屋とか、そういった飲食店がバランスよく配置されていて、駅を利用するついでとか、ショッピングを楽しんでお腹が減った後に立ち寄れたりする。たまにそういう店の並びの中にお酒メインのビアホールみたいな店があったり、ワインバルがあったりして、飲み目的ならそういう店を利用する。東京都内にたくさんある駅ビルの「アトレ」なんか、まさにそんなイメージだ。

 大阪に来て驚いたことの一つが「駅ビルや商業ビルの中にやけに居酒屋があるぞ」ということであった。前述のような「飲食店フロアに一軒ダイニングバーがあって」、とかそういう生やさしいレベルじゃなく、何軒もある。なんなら、バランス的にはレストランよりも大衆的な居酒屋の方が多かったりする。一つのビルに「こんなにたくさん必要?」と思うほど多くの酒場が存在しているのだ。そしてどこも混んでいる。

 これはどういうことなんだろうか。以下は私の想像であり、まったくの的外れかもしれないのだが、駅ビルや商業ビルが計画された当初は、それがいつの時代に開業するものであれ、スマートでクールなものを理想として話が進められたんじゃないだろうか。もしかしたら実際、そのビルが華々しくオープンした当初は最先端のオシャレなスポットであったのかもしれない。しかし、そこを利用する人たちのむき出しの欲望が状況を変えていく。

 確かに高級中華で食べる「フカヒレの姿煮」や「蟹肉と海老の蒸し餃子」はいつもの食事と比べものにならないほど美味しい。そこに紹興酒をあわせれば言うことなし。ステーキハウスで極上の赤身肉を食べながら飲む赤ワインもまだ美味であろう。だがそんな食事は毎日続けられるものではない。今日は大盛りのちゃんぽんとレモンチューハイでいい。あるいは、サイコロステーキをみんなで突っつきながらメガジョッキの生ビールが飲みたい。そういう、“日常的な欲望のエネルギー”が、“ちょっとスペシャルな気分”を余裕で打ち破り、飲食店フロアの様子を徐々に変えていったのではないかと、そう想像するのである。

大阪駅前ビル

 だって例えば、JR大阪駅、阪神・阪急の梅田駅、地下鉄各線とも直結している「大阪駅前ビル」。「大阪駅前第1ビル」から「大阪駅前第4ビル」まであって、地下の1階と2階が大きな地下街にを形成しているこのスペースに、あまりにも多くの居酒屋がひしめいているのだ。

 第1ビルから第4ビルまで全部で100店舗ぐらいの居酒屋がある気がする。しかもどこも庶民的な価格で、角打ち、立ち飲み、大衆酒場といった感じの店ばかり。もし自分がこのビルをプロデュースする立場だったら「あの、もう少し、オシャレなお店を増やさないと客層が酒飲みばっかりに偏ってしまうんじゃないでしょうか」と意見せずにはいられないはずである。だがまあ、その酒飲みからしてみればありがたいだけだ。駅直結のビルの地下に巨大な飲み屋街があるわけだ。強い雨が降ろうが風が吹こうが心配なし。天国である。ちなみに大阪駅前第1ビルが1970年に、第2ビルが1976年、第3ビルが1979年、第4ビルが1981年に完成している。第1ビルなんか50年の歴史を持っているのか。

 東京でこんな場所を探そうと思ったら、港区の新橋にある「新橋駅前ビル」の1号館と2号館、「ニュー新橋ビル」になるだろう。私は新橋のこれらのビルも大好きで、大阪の駅前ビルとかなり似た雰囲気を感じている。しかし、残念なことに上記の新橋の3つのビルはどれも2022年に解体される予定とのこと。もしそうなったら、「ビル飲み」というジャンルでは、大阪駅前ビルの独壇場になるんじゃないか。まあ、それが名誉なことかはよくわからないが。

 大阪駅前ビルの迷路のような地下街を歩き回っていると、戦意を喪失する。この数多くの店の中から自分にぴったりの最適な店を探そうなどと考えても比較検討するの自体が面倒。「もうパッと目についたところに入ってしまおう!」と、それでいつもたいてい満足する。だから「駅前ビルの中で特に好きな居酒屋ってどこだろう」と考えた時、答えが簡単には見つからない。駅前ビルというエリア全体を私は愛しているのである。

銀座屋

 回数として一番たくさん行っているのは「銀座屋」かもしれない。同じ名前の立ち飲み店がJR天満駅前にあって、そっちは年配の常連さんが多く集うちょっと渋めの店であるのに対し、駅前ビルの銀座屋は明るくて客層も若い感じ。名前は同じだが、経営は別なんだとか。

 通称「赤星」ことサッポロラガービールの大瓶が1本380円(初めてこの店を訪れた頃は350円だったと記憶している)という安価で、周りを見渡すとそこら中のテーブルに赤い星の描かれた瓶が立っている。名物の「牛タタキ」が180円、「牛すじポン酢」が200円と、おつまみも安く、当然ながらいつもめちゃくちゃ混んでいる。

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関西酒場のろのろ日記

スズキナオ

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ryo_tanishi https://t.co/XSwc4TxqFq 5日前 replyretweetfavorite

comantako これらのパラダイスに、いつか行きたい。行く。 6日前 replyretweetfavorite

misaki_hayase https://t.co/Z7Z6CTFxci 7日前 replyretweetfavorite

chiruko_t 第1から第4ビルはほぼ飲みに行くか格安チケット買いに行く場所になってる。 8日前 replyretweetfavorite