ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした

河川敷に暮らすホームレスの人々を3年間、支援し続けている、ばぃちぃさんご夫妻。彼らと時間をかけてコミュニケーションをとり、打ち解けていくなかで、ばぃちぃさんは自身の偏見に気づかされ、彼らの生活する力に惹かれていきました。cakesクリエイターコンテスト優秀賞を受賞した作品をお届けします。
※本記事は、ホームレスの方々のプライバシーに配慮し、掲載許諾をいただいた上でお届けします。著者とホームレスの方々との関係性についての説明が不足していたため、2020年11月16日11:28に本欄と本文の一部を修正しました。同17:06に著者からのコメントを本記事の末尾に追記しました。

私たちがホームレスの人々を取材する理由

「夫婦でホームレスの人たちを取材している」と話すと、たいていの人はすこし不思議そうな表情で、「なぜホームレス?」と聞き返してくる。

たしかに”ホームレス”という単語を出して、何か良いイメージが浮かぶかと言われると、あまりないほうが普通にも思える。そもそもいわゆる路上生活をしている人たちに積極的に近づくほうが、よほどあやしく思われるかもしれない。

現在は夫婦で活動している私たちだが、ホームレスの方々への興味は妻である私の個人的な体験が出発点となっている。

20年以上前だったと記憶している。
現在の新宿駅では見られなくなってしまった光景だが、以前はズラーっと並んだダンボールの小屋が地下道にひしめきあっていた。
そこでは当たり前のように路上生活者が生活をしていて、ときには拾い集めた雑誌を安値で売りさばいていた。

その日、私は母と一緒に家庭の用事で久々に都内へ出てきていたが、私の目にまず飛び込んできたのが、そのダンボール小屋だった。まだ幼かった私は、それらが秘密基地のように見え、なかを確認したくなった。しかし、特に何も考えることなく近づこうとした私を、母は静かに止めた。
そのときから、ホームレスの人々が”触れてはいけない何か”であり、私たちの生活とは一線を画する存在であると認識するようになったのだった。

ホームレスの方々をあまりにも狭い範囲のイメージに留めたまま、最寄りの駅前や電車のなかなどでときどき見かけるその姿になんとなく違和感に近い興味を感じていた。
それが「なぜホームレス?」に対する答えなのかというと、現在はもうすこしアップデートされた私たちなりに感じるホームレスの魅力が取材の原動力になっているのだが、活動の始まりは漠然とした興味だけでなんとなく走り出していた。


ホームレスの人々と接する際の基本

なんとなくの興味の対象に近づく手段として、とりあえずとったのが「ホームレス 〇〇(地域の名前)」でググるという速攻でできる簡単なやつだ。自宅からあまりにも離れた場所に行くのは正直面倒だったし、そもそもホームレスの人たちと関わっている人が近くにいるのかどうかが知りたかった。

検索にヒットしたのが、田舎のホームレス支援を小規模で行なっているA氏だった。だれかを介して会いに行けば極端に警戒されることを避けられるだろう。
2017年のクリスマスイブ、A氏と共にホームレスの人たちへ食料を届ける手伝いをすることとなった。そこで出会った人たちが、現在も私たちが交流を続けている、”おじさん”たちである。

ちなみに、本来であればはじめて出会う相手に対して自己紹介をして、相手の名前も聞くというのが自然な関係性の築きかただと思うが、この場合はすこし異なる。おじさんたちのなかには、過去の話をしたくない人や本名がバレてしまうと都合がわるい人たちもいる。そんな特殊な場合にも”おじさん”とまとめて呼んでおけば、気楽に話ができる。

このことはA氏が教えてくれた、ホームレスの人々と接する際の基本でもある。おじさんたちからすれば、新しい人間関係を始めようというときに、ただでさえよくわからない夫婦が来たうえに、第一印象が”無礼なやつ”であったら完全にアウトだ。それを回避するためにも初対面ではおじさんたちの過去に踏み入らないことは大事だった。

A氏はホームレス支援の活動として、インスタント食品や保存が可能な食材、あとは周辺のパン屋や農家が余したものなどをおじさんたちに届けていた。決まった周期で届けているのかと思いきや、これはあくまでもA氏に余裕があるときにだけ行なっているそうだ。
私たちが同行した際には、年末ということもあって、すこしだけ豪華なお届け物が揃っていた。これからの寒い季節に備えて、厚手の靴下、おじさんたちにとって必需品の軍手、お酒好きのおじさんには年越し用の日本酒など。
食材と日用品をビニール袋に仕分けて、それぞれのおじさんに配って歩く。物品を渡すとおじさんたちは、「あぁ、ありがとうございます」と丁寧に受け取って、中身を見る訳でもなく、当たり前のように世間話をはじめるのだった。


意外だったホームレスの人たちの姿

A氏に案内され、順番におじさんたちと知り合っていくなかで意外だったのは、どの人も気さくだったこと。

はじめにA氏からも忠告を受けていたのだが、おじさんたちはとにかく話が長い。まともに聞いているとあっという間に時間が過ぎてしまい、全てのおじさんに届け物をするのに丸一日かかってしまう。

ホームレスの人たちは無口な存在だと思い込んでいた私たちはそのギャップにびっくりしてしまった。
しかもおじさんたちの生活を覗かせてもらうと、住居、かまど、物干し、食料など様々なものを手作りしていた。

おじさんたちが森の中や河川敷にそれぞれが住みやすい場所を確立していることにも驚いた。

そもそもダンボールや布のうえに横たわる都会のホームレスの人々しか見たことがなかった私たちからすれば、おじさんたちはいわゆるホームレスに含まれるのかさえわからなかった。何と言ってもおじさんたちには立派な住処があったのだから。

思っていたほど警戒はされなかったものの、おじさんたちは私たちが興味を持っていることが不思議でならない様子だった。彼らからすれば、生活困窮者支援をしているA氏のような人物は知っていても、取材がしたいと訪問してくる存在は珍しかったようだ。

このとき、一台の自転車を見せてくれたおじさんがいたのだが、その際に交わしたやり取りがなんとなく気になったことを覚えている。
それは日常の中ではあまり味わうことのない感覚で、おじさんたちと会話を交わしたからこそ認識できた、私たちの中に染み付いていた、ある無意識の思い込みだった。


おじさんたちが長けていること

荷物を運んだり遠くへ移動するのに便利な自転車は、おじさんにとって重要な交通手段である。おじさんは自転車がもらったものであっても、不法投棄されていたものであっても、丁寧にお手入れをしている。

このときに見せてもらったのは合計2台だったが、そのうちの1台はまだメンテナンス中のものだった。
自転車の荷台にはプラスチックボックスのようなものが取り付けられていて、多少の雨が降ってもなかに入れたものは守れる仕組みになっている。
フレームもしっかりと色が塗り替えられて、おじさん専用にカスタマイズされている。

おじさんが不法投棄物から見つけて来た代物に対して、きれいにして、色も塗り替えて、使いやすいように作り変えるスキルがあったことに心底驚いたが、そもそもきれいさや使いやすさにこだわるような人たちではないと思い込んでいたところもあった。誰だって自分が使うものがきれいであるほうが嬉しいはずなのに、その当たり前からおじさんたちを外し、私たちの中に偏見があったことに気がついた。

はじめての訪問ということもあり、細かい生活状況までなかなか見ることが出来なかったのだが、この自転車にまつわる発見に似たことは、その後も訪問をする度にあちらこちらに姿を変えて現れてきた。それだけおじさんたちは生活のために工夫を凝らして、あらゆるものを作り変えることに長けていた。

おじさんのこだわりを見せつけられた私たち。
漠然とした興味からはじまったこの活動だったが、A氏という人物を介して田舎の河川敷に住むホームレスの人々の魅力を知ることとなった。はじめてみるおじさんたちの生活ぶりが、それまで私たちのなかに定着していたいわゆるホームレスのイメージとあまりにもギャップがあり、想像以上に驚いていた。その空間をある種異世界のようにも感じてしまった。
未知なるホームレスの人々の世界への興味が、取材をしてさらに知りたいという気持ちを強くしていった。


おじさんたちから得る刺激

自宅から車で1時間程でおじさんたちの住処に到着するのだが、今でも行く度に、まるで違う国にでも来たような気分になるくらい、彼らが住んでいる河川敷は特殊な魅力を放っている。

おじさんたちの時間にとらわれないゆったりとした生活スタイル、『となりのトトロ』に出てくるような森の木々をかき分けて進むと突然ひらけた空間に現れる小屋、何でもかんでも燃やすことのできるかまど、天候によって左右される野菜の収穫など、私たちが日常を過ごしているなかではめったに出会わない要素がたくさん散りばめられている。

毎日決まった時間に起きて、朝食をとり、準備をして、仕事に出勤、帰って来たら夕食を食べ、お風呂に入って寝る、というルーティーンのなかにももちろんそれなりの幸せは感じている。
しかし、ときどきそんな自分とは違う生きかたを覗きに行きたい気持ちが生まれる。

私たち夫婦が田舎の河川敷ホームレスの人たちを3年間も継続して取材し続けていられるのは、おじさんたちの生活を見て感じた異世界性が大きい要素なのだ。

とはいえ、私たちはおじさんたちのような路上生活をしようとは思っていないし、現在のテクノロジーに囲まれた生活を続けていきたいと思っている。
そのうえで、おじさんたちの日々からみえてくる様々な工夫や生活の知恵を追いかけたい。それは、私たちが日常生活をしているなかでは触れる機会が少ない体験をおじさんたちを通してできるという刺激が根本にはある。

家を持っていても、いなくても、明日を乗り越えていくためにはそれなりの工夫や努力が必要で、その点に関してはおじさんたちと私たちはおなじだと思う。
私たちの生活はお金という便利なものによって支えられているが、同時にお金がなければ今日食べるご飯や寝る場所にさえ困ってしまう。おじさんたちはお金がなくても生き抜く術を身につけてはいるが、病気になっても気軽に医療を受けられないなど私たちとは異なるリスクも多く抱えている。

生きかたが違うからこそ、相手のやりかたを見て気づけることがきっとたくさんある。そんな期待とワクワクと共に、おじさんたちの訪問を続けている。

著者コメント(2020年11月16日追記)

私たちは3年前からホームレスの方々と定期的に接点を持ち続けてきました。ホームレスの方々と打ち解けるなかで感じたのは、彼らが培ってきた生活する力でした。

いつ自分がホームレス状態になるのか、先のことは誰にもわからない世の中です。この連載を通して、私たち二人自身が最初にもっていたようなホームレスの方々に対する思い込みを取り除き、彼らの培ってきた力を伝えていけたら、と思っています。みなさんからのご意見を可能なかぎり拝見し、今後の連載に活かしていきます。

ばぃちぃ


ばぃちぃさんのnoteはこちらから


この連載について

”作る”ホームレスたち

ばぃちぃ

河川敷に暮らすホームレスを取材し続けている、ばぃちぃさん夫妻。実際にホームレスのおじさんたちと話を進めていくと、そこにはホームレスの意外な一面がありました。cakesクリエイターコンテストの優秀賞を受賞した、異色のノンフィクションをお届け!

関連キーワード