テレビやネットのコメントに流されてしまう自分がこわい

今回、牧村さんのもとには「報道番組やネットの意見に流されてしまう」というお悩みが届きました。自分が本当は何を思っているのかわからないと悩む相談者さんに対し、牧村さんが、人の意見に流されてしまう3つの要因と、自分の考えを持つことについて言及していきます。


※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。/バナー写真撮影:田中舞 着物スタイリング:渡部あや

毎週水曜朝10時、「ハッピーエンドに殺されない」。読者の皆さんからのご投稿を受けて、世間で言われる「これこそがハッピーエンドだぞ」みたいなやつに流されないように自分の人生考えていきましょうという週一シンキングタイムです。

今回ご投稿いただいたのは、人の言葉に流されすぎてしまうというご相談です。

牧村さん、こんにちは。いつも連載楽しみに読んでいます。
昔からこだわりの薄い性格ではあったのですが、最近本当に自分が何を思っているのかわからなくてこわいです。

映画を見て面白いと思ったものがネット上で酷評されているのを見ると「そうでもなかったのかな」と自分の感想に自信が持てずいつの間にかやっぱり微妙だった気がすると自分の意見が誰かの意見にすり変わってしまうのです。

映画だけではなくニュースなども報道番組のコメンテーターやネット上のいろんな意見が流れてきてわからなくなって考えるのをやめてしまいたくなります。 自分の言葉で考えるにはどうすればいいんでしょうか。 乱文失礼しました。

(全文拝読の上、一部改行を加えて掲載しました)


画面の向こうの“みんなの意見”に流されてしまう。これは、下記3つの要因で起こっていることだとわたしは思います。

・垢分け
・キャラ化
・自演

ひとつずつお話ししていきますね。

まず、垢分け文化。 これはインターネット上で、何の話をするかによってそれぞれ別の名義(アカウント=俗称“垢”)を作るという文化ですね。日常生活でつながっている人とネット上でもつながるための“リア垢”(リアルライフアカウント)、表に出せない裏の本音(という演出がなされているもの)を発信する“裏垢”、趣味でつながる“趣味垢”などなど……。特に、特定の作品・芸能人・美容・ペットなどについて語る垢の場合、それ以外の話をすると、不評でフォローをはずされたりする場合があります。

そういうわけで、インターネット上での評価を気にする人たちは、アカウントに合わせて自分の一面を切り取って見せるということをし続けます。アカウントという言葉に「垢」と言う漢字が当てられたの、最初はなんか汚くて違和感あるなと思ったんですけど、今考えると天才的だなと思う。「自分自身からこすり出してぽろっと取れたもの」って感じですもん、それぞれの垢って。

これと似たことが現実生活でも起こります。「キャラ化」ですね。陽キャ、陰キャ、ウザキャラ、知性派、へたれにいじられ、兄、姉、末っ子。集団の中で自分が何キャラとしての役割を求められているのか敏感に察知し、キャラとして反応する。こうしたことはゼロ年代後半に、土井隆義『キャラ化する/される子どもたち』や、荻上チキ『ネットいじめ ウェブ社会と終わりなき「キャラ戦争」』といった書籍で考察されてきたことですね。そろそろ、こういう「キャラ化」の時代から次に移ろうとしているのかな、もしかすると次に来るのは全体的な「観客化」……自分自身をキャラにすら当てはめずに、日々を観客のように眺めていく態度なのかなと思っていますが、そうだとしても、その視線の先にあるのはいまだ、キャラ化された人々が織りなす光景なのだろうと思います。

垢分けされ、キャラ化され、人間の一面だけを画面越しに見つづける日々。しかも画面を流れていくのは、まことしやかな自演です。自分自身、および自分自身の所属する集団の有利になるように、みんなの意見を誘導する目的で発せられた言葉が、テレビにもインターネットにも日常生活にも、あらゆるところであふれています。

あなたが面白いと思った映画を酷評する、画面の上のコメント。画面の向こうに誰がいるのか、いったい、あなたはご存知ですか。わたしの経験した範囲だと、ある人の作品に執拗にアマゾン★1レビューをつけていた人物が、正直言って売れていない同業者だったということがありました。逆に、徹底的にかわいそうな被害者としてみんなの同情を買うために、自分自身を叩くコメントを自分で投稿し続けていた人物も知っています。いわゆる自作自演ですね。

顔を出してのコメントであっても、思ってないこと言う人ってたくさんいるんです。マスメディアに出演し続けるうち、「人々の意見を代弁しなければ」と背負い込みすぎてしまってどんどんおかしな方向に行く人や、特定企業・政党を背負って本心からではなく立場からしゃべることしかできなくなっていく人はたくさんいます。

きれいに切り取られた言葉たち。2018年の研究によると、人間は平均して5000人の顔を識別できるそうですが、その数を遥かに超える顔の見えない人々から発せられた言葉の濁流に、わたしたちは直面しているわけです。

あなたの好きな映画を酷評するコメントが流れてきたとしても、それがどういう立場でどういう意図でどういう人から発せられたものなのか、わからない。人間の識別能力を超えたような情報の濁流の中で、言葉が発せられた背景を想像する余裕もなく、わたしたちはいま、流されているのだと思います。

じゃあ、どうするか。ご質問は、「自分の言葉で考えるにはどうすればよいか」でしたね。

これについては、わたし、そういえば気をつけていることがありました。

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ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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コメント

gibbous_leo ▶️ いいお話だなあ。ふよふよと漂い水をめぐり、(思考を放棄… https://t.co/ggTByXtvMg 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

minoyunona https://t.co/2a4O9c55RY 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

rokuwo やっぱり牧村さんの文章好き。こうしてゆらゆら流されるクラゲでもええやんなあと思えるから、また好き。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

66yune99 まきむぅさんの、とてもきれいな文章。 ……それはさておき、文中の写真、江ノ島らへんの砂浜じゃありませんか?  https://t.co/L 約2ヶ月前 replyretweetfavorite