全身脱毛をしたくなったのは38歳のとき
まぽ (S-cait)さんによる写真ACの写真
全身脱毛をしたい、と思い始めたのは38歳のときだった。
長女が生まれて間もない頃に、文芸誌のグラビアページを女装姿で飾らせてもらうことになったのだ。
撮影の前日、私はカミソリと除毛クリームで念入りに除毛をした。
浴衣を着る予定だったので、本来なら腕と膝下だけでよかったのだが、なんとなく二の腕も腋も太もももアンダーヘアも剃ってしまった。
女装をしたのは約20年ぶりで、毛を剃ったのもそれ以来だった。
もともと体毛は細いが量が多かったので、久しぶりに剃って地肌を見てみると、見覚えのない黒子や傷跡などがいくつもあって、まるで自分の肌ではないようだ。
ふだん車で通り過ぎている道を歩いてみると新しい景色を発見するように、友達の意外な一面を知って新たな魅力を感じるように、自分の体が全く知らない誰かの体のように思えた。
すべすべで触り心地がよくて、いつでも好きなときにこの体に触れると思うと、子どもの頃に両親に頼みこんで犬を飼ってもらったときのようにわくわくした。
シェットランド・シープドッグの赤ちゃんが家に来た次の日の朝、私はまだ薄暗いうちに起きだして、ケージの前にしゃがんで子犬の寝顔をいつまでも見ていた。
——今日からこの子と一緒にいられる。こんなことも、あんなこともしたい。
頭のなかで妄想が広がった。
除毛ライフの始まり
私にとって除毛することは、「毛のないもうひとりの私」という、遊び相手を手に入れるようなものだった。
VIOラインの除毛をしたのもこのときが初めてで、最初は違和感があったし、何十年も連れ添った毛がないのが心細く、寂しくもあった。
温泉で恥ずかしくなり、前を隠したこともある。
だが慣れると快適だった。
夏場でも蒸れることがないし、抜けた毛がそのへんに散らばることもない。
ふとしたときに、散らばった陰毛が足の裏にくっついているのを発見するのはわびしいものだ。
グラビア撮影が終わってからも、私はたびたび女装をするようになり、女装をしないときでも全身の除毛をするのが習慣になった。
全身を1度に除毛すると数十分はかかるので、今日は腋だけ、今日は膝下だけ、というふうに部位を決めて、風呂に入るついでに少しずつ剃っていく。
初めのうちはカミソリと除毛剤を併用していたが、除毛剤は放置時間が必要で冬場はつらいのとコストもかかるので、そのうち使わなくなった。
さらに、カミソリだと切ってしまうことも多いので、ボディ用のシェーバーを買った。
髭用のシェーバーとバリカンをミックスしたような機械で、刃を直接肌に当てても切れることがないし、膝下を両方やっても2~3分くらいの時間しかかからないので、圧倒的に楽だ。
髭脱毛に挑戦
私の除毛ライフは気づけば5年ほど経っていた。
そのあいだにシングルファーザーとなり、子どもたちとの3人の生活が始まり、女装をする暇がなかなかなくなってしまった。
それでも子どもたちが寝静まった後などに女装をすると、髭の剃り跡が気になった。
女装特有のメイク法である程度ごまかすことはできるが、青みを完全に消すことはできない。
1度気になりだすと、女装をしている自分の写真の、鼻の下や顎の青みが許せなくなってくる。
これは脱毛するしかない! と思った私は、ネットで髭脱毛の情報を集めだした。
医師が監修している記事やクリニックの医師が書いている記事を読み漁り、さまざまなクリニックの口コミを調べた。
その結果、クリニックやサロンで脱毛する場合は「光脱毛」という脱毛法で、痛みが少なく1回あたりの費用も少ないが、効果が出るまでに数年かかり、トータルで20~30万円ほどかかるらしいことがわかった。
まぽ (S-cait)さんによる写真ACからの写真
一方、病院で施術される医療脱毛の場合は「レーザー脱毛」という脱毛法で、痛みが強く1回あたりの費用も高いが、短期間で脱毛が完了するうえにトータル5~6万円に抑えられるという。
合理的に考えると医療脱毛しかないと、京都市内にある病院の皮膚科に電話をして予約を取った。
当日はまず医師の診察を受ける。
初老の医師から丁寧な説明とカウンセリングを受けるのだ。
レーザー脱毛とは、黒い色に反応するレーザー光線を当てて、毛を育てる細胞の働きを休ませてしまう方法だ。
毛には成長する時期・生え変わる時期・休んでいる時期という3つを1周期とするサイクルがあり、光脱毛の効果があるのは毛が成長する時期とのこと。
ところが毛の1本1本そのサイクルは異なるので、ちょうど成長期にある毛にまんべんなく光線を当てるには5~6回の施術が必要だという。
髭脱毛の目的を聞かれて、「女装のため」と答えると、医師は目をつぶって頷いた。
その後すぐに、歯科医院にあるようなリクライニング式の椅子に腰をかけさせられて、施術が始まった。
美容院でシャンプーをしてもらうときのように、顔の上半分にタオルがかけられてから、看護師さんが私の頬に保冷剤を当てていく。
感覚がなくなるくらい冷えたところで、医師が機械を頬に押しつけてきた。
——……!!
飛びあがりたいほどの激痛が走った。
髭脱毛の痛みは「輪ゴムで弾かれたような」と形容されることが多いが、まさに極太の輪ゴムを全力で打ちこんでこられたような痛さだった。
1発ごとにびくん、びくんと体を震わせる私にかまわず、看護師さんと医師は次々に保冷剤と機械を押し当ててくる。
10発ほど打たれたところで、あまりにじたばたしているのを見かねたのか、「ちょっと休憩しましょうか」と機械を離された。
辛いようなら出力を下げましょうか? とも問われた。
お願いしていたのはサロンで施術される場合なら最高出力にあたる強さの出力(医療脱毛としては低出力)だった。
これより下げてしまうとわざわざ医療脱毛を選んだ意味がなくなってしまう、と思った私は、びびりながらも「このままでお願いします」と告げた。
何度も休憩を挟み、椅子の上で小さく飛び跳ねながら、なんとか40ショットほどの照射に耐えた頃には背中が汗で濡れていた。
最後のほうには顔にかけたタオルが外されて、サングラスをかけて施術を受けたのだが、そこからは痛みが弱まったように思う。
視界を奪われるとそのぶんの感覚が触覚に集中するので、余計に痛く感じられたのだろう。
1週間ほどすれば成長期の毛が抜けて薄くなりますから、様子を見て1ヶ月後くらいにまた来てください、と言われながら椅子から降りた。
——あなたには女装のために髭をなくしたいという強い意志がおありですから、きっとまたいらっしゃると思いますので、お待ちしています。
と医師は微笑んだ。
帰り道で私は何度もよろけた。
1日中海で遊んだ後のように顔の下半分が熱くて痛い。
それに、体を固定された状態で顔面の一定の箇所に執拗に痛みを与えられ続けたことによる精神的なダメージもデカかった。
中国の拷問に、体を固定した状態でおでこに水を1滴ずつ垂らし続けるというものがある。
丸1日じゅうこれをやられると、肉体的な痛みは全くないにもかかわらず、拷問を受けている者は発狂するらしい。
たしかに1、2週間ほど経つと髭は少し薄くなったが、施術時の痛みと恐怖を思いだすと、続けて予約を取る勇気がでなかった。
家庭用脱毛器がほしい!
そうこうするうちに新型コロナウィルスの感染が拡大して緊急事態宣言が出され、京都市内を移動するのもためらわれるようになった。
宣言が解除された後も、京都市内では感染状況がほとんど変わっていないため、夏になっても私たちはほとんど家に引きこもっていた。
感染予防のためだけでなく、自粛生活が長引くうちに、どこかへ出かけること自体が億劫になってもいた。
普段とは違う場所に行くときには、本当に行く必要があるのかを吟味するようになった。
自分にとって本当に大切な場所・人・物・情報を再確認できるようになったのは、コロナ禍のもたらした良いことだと思う。
感染のリスクを別にしても、4~5回も病院に通うのは面倒くさいな。
通わずに脱毛できるならそうしたい。
私はそう考えるようになった。
というのも、家庭用脱毛器が気になりだしていたから。
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