十三
その夜、横浜のホテルに泊まった二人は大いに飲み、語り合った。それは子供の頃の思い出から、政局のことまで多岐にわたった。
横浜港に停泊する船は深夜でも煌々と灯りを点けているので、カーテンを開けていると、その光だけで室内は明るい。
すでに午前三時は回っているはずだ。二人は先ほどまでの饒舌が嘘のように、沈黙が多くなっていた。疲れというより、あらゆることを語り尽くし、もう話題がないのだ。
「さて、寝ますか」
それまで椅子に座っていた大隈がベッドに移る。すでにベッドに横たわっていた江藤は、煙草をもみ消すと言った。
「先ほどから考えていたのだがな」
そこまで言って江藤が一拍置いたので、大隈の方から尋ねた。
「何を考えていたんですか」
「そなたのことだ」
「私のこと、ですか」
「そうだ。それでやっと決心がついた」
江藤が大きく息を吸うと言った。
「そなたは来るな」
大隈は愕然としてベッドから起き上がった。
「今更どういうことですか!」
「どうも、この騒ぎは一筋縄では収まらん気がするのだ」
「だから二人で行くんじゃありませんか」
「いや、そこは軍略だ」
「軍略、ですか——」
江藤はベッドから起き上がると、椅子に座り直し、再び煙草に火を点けた。
「佐賀の火の手を鎮火させるには、頭数は多い方がよい。だが此度は、騒いでいる首魁数人を抑えれば、それで大半は大人しくなる。それゆえ、まずわしが行く」
「戦国時代で言えば、先手ということですね」
「そうだ。先手として、まずわしが行く。万が一、わしが殺されたら、そなたが二の手として行け」
「それこそ戦力の逐次投入じゃありませんか」
「いや、違う。相手は烏合の衆だ。指導者を説諭すれば収まる話だ」
「どうやって説諭するのですか」
「問題はそこよ」
江藤が紫煙を吐く。港のほのかな灯りに照らされ、それが部屋の中を漂っていく。
それを見つめながら江藤が続ける。
「先ほど申したように、『ふうけもん』どもが自由民権運動に共鳴し、わしと一緒に上京するかどうかが鍵となる」
「奴らは、運動に興味を示さないかもしれませんよ。困窮する生活の怒りの捌け口として、征韓論を唱えているだけです。私が思うに——」
大隈が力説する。
「征韓論を政府に陳情しようと言って指導者を船に乗せてしまい、実際に政府に陳情書を提出する。おそらく大久保さんたちは無視するでしょう。しかし政府の返事を待つ間、彼らの目標を自由民権運動にすり替えてしまうのです」
大隈には勝算があった。
「しかしさようなことをすれば、奴らがだまされたと気づいた時、斬られるぞ」
「佐賀を灰にされるよりはましでしょう」
「尤もだ」
二人が声を合わせて笑う。
それが収まると、大隈が問うた。
「江藤さんは征韓論をどう思いますか」
「当初、わしは関心などなかった。だが今は多少違う」
「どう違うのです」
「不平士族の捌け口は征韓論か自由民権運動しかない。自由民権運動が盛り上がらないのなら、征韓もやむなしではないか」
「でも戦争は高くつきます。しかも朝鮮半島を防衛するとなると、占領した後も湯水のごとく金が出ていきます。征韓論は金勘定ができない者が唱えている暴論です」
江藤が苦い顔で言う。
「わしもそう思う。だが自由民権運動がいまだ盛り上がっていない今、不平士族の怒りの持っていき場は征韓論しかないのだ」
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