分け入っても分け入っても、あるよ山

世の女性たちがなんとなく共有する、「ニッポンのおじさん」へのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載。今回は、病や障害などを抱えて生きるマイノリティについて。拒絶された優生思想ツイート、脳梗塞を経験したダースレイダー氏の自伝、そして「乗り越えた人」と思われがちな乙武氏の存在を絡めて考えていきます。

誤ったダーウィン解釈で炎上した自民  

 全世界が同時にこんなに長い間、一つの病気について四六時中考える年なんて初めてだし、人がそこかしこで死の恐怖を泣きながら振り払うような日常風景にはいまだに慣れない。現代では、本来はごく自然に地続きであるはずの日常と死をなるべく遠ざけることで、やや間抜けで安全な社会が作られてきた。死に素手で触れることを嫌う弛緩した日常に、無遠慮に抽象的な死の匂いを放り投げ、死者数や感染者数のグラフをひたすら伸ばせば、確かにシン・ゴジラ的気分になるのは当たり前だと思う。

 だからそんなタイミングに照準を合わせて、絵心が皆無の私でも描けそうな取り急ぎのゆるキャラで、ダーウィンの進化論なんて出してくる自民党は、最早、憲法改正したいのか単にピリついた日常にハレーションを起こしたいのか本気でよくわからなかった。背後にある漠然とした死に怯える日常で、雑な進化論を投げつけられれば、当然自分が生き延びられる側から外されるかもしれないという不快な気分になるし、ありもしない生存の約束をせめて自分だけは取り付けようと賤しい気持ちにもなるし、人気歌手のツイートから優生学の朝まで生ツイートが始まったり、医療現場の事件をめぐる安楽死の議論が今まで以上に加熱したりしたのも、きっとあのゆるキャラの名に恥じない緩い進化論解釈のせいだ。

なぜ「優生思想ツイート」と批判されたのか

 超優秀な遺伝子を持つ人の配偶者は国家レベルで選定するべきなんていうツイートをした本人は、多分国家が人の生殖活動を管理すべきという危険な信念を吐露したつもりはないのだと思う。私らが焼き鳥屋で、キムタクの精子売って欲しいとか、ヒュー・グラントとセックスした直後にビル・ゲイツとセックスしたらジニアスイケメン生まれるかなとか、涼美の顔はラテン系と混ぜると危険だと思うとか話しているレベルで、品のないツイートをしたのか、単に藤井聡太を称賛するにあたって表現センスが貧困だったのか。しかしその無神経なセンスが呼びおこした議論では、己は世の中を俯瞰できていると無邪気に信じるプチネオコンたちが、自分には感情的なダサさがないと示すために、古臭い優生学に乗っかっていた。そしてその姿は、触り慣れない死の手触りに狼狽え、ウイルスに選ばれる恐怖を身近に感じ、医療崩壊を恐れ、自分の命が格付けされることに普段より敏感になった社会に拒絶された。

 歴史的に否とされた優生思想だが、その一見ユートピアに繋がっていそうな理屈は、甘い誘惑となって時に人の妄想を掻き立てる。遺伝子で全ての運命が決まるという世界観の「ガタカ」は、その結晶みたいな作品で、女の性欲の結晶みたいな全盛期のジュード・ロウが出てくるので、私は公開時から数えて何度も観た。生まれた時の遺伝子検査で寿命までわかる近未来、遺伝子コントロールされた優秀な知能・体力を持つ者が適性者、うっかり愛のあるセックスなんかでできてしまった者は欠陥品として明確に区別して扱われる。で、映画では勿論そんな時代に自然妊娠で産み落とされた者が、欠陥品の立場に甘んじずに、努力と裏技で夢を実現していくのだけど、これが楽観的なファンタジーにギリギリならないで済んでいるのは、「適性者」を「健常者」や「性的マジョリティ」や「白人男性」に置き換えた際に、すでにこの物語の主人公のような猛者は、この世にたくさんいるからだろう。

病や障害を抱えた人の想像力

 テレビも日常会話もウイルスと病の話ばかりなので、明るい話以外あんまり好きじゃない私は、病への恐怖を整理しようと思って、おしゃれ眼帯のラッパー、ダースレイダーの自伝『NO拘束』を読んでいた。私だって病気にはなるべくなりたくない。若い時分、女子たちが酉の市や初詣で恋の成就とか結婚祈願とかのお守りを買う中、不健康になる身に覚えがありすぎる私は一貫して健康祈願のお守りを買ってきた。そのせいでまだ独身だ。病に負けずに強く生きる人はたくさんいるのだけど、この本はより明確に、病は怖いが、不幸になることの方が怖いと思わせてくれるものなので、コロナ禍の残暑、未読の方は読むと若干気が大きくなる。

 著者に襲いかかる病は結構容赦がない。クラブでいきなり鏡の中の自分がぐるっと回って倒れるなんて怖すぎるし、人はこんなにも連続して吐き気を持続できるのかと、母の抗がん剤治療に付き添い続けていた私も驚くくらいだし、片目の失明に続いて両目失明の危機にも陥り、余命宣告もある。闘病記の著者らしいウィットは軽快で、わざとオムツを満タンにして、「世の中にはオムツ交換までのこういう行為に金を出すヤツだっているんだろうな」と勝手に納得したり(ちなみに涼美の友人が勤めていた母乳風俗ではオムツ交換は無料オプションだった。妊婦コースにもオムツ交換が付けられるのだけど、その場合の妄想の筋書きは複雑なんだろうな)、レントゲンの造影剤の副作用が出る確率の話を聞いて「俺は選ばれし人間だ!」とラッパーらしいフレーズが脳内をよぎったりする。しかし本の真髄は別のところにあって、東大卒ラッパーという「適性者」っぽい時代の視座、脳梗塞闘病中の視座、病人の枠を積極的に逸脱した現在の視座を提供することによって、デンマークのおじさんが言う通り、死に至る病は別のところにあるとはっきり示しているのだ。

 ダースレイダーが「哀れみ目線に合わせる必要はない」と断言している通り、健常者はその貧困な想像力で、身体の調子が悪い者の枠を作る。そして五体満足の自分が持っているものを失うリスクを拒絶するあまり、失った後の物語の存在に想像は向かない。それに対して、実は何かしらのディスエーブルを抱えている人は想像力の塊だ。不便は想像の神経を研ぎ澄ませるし、ものづくりの原点でもある。さらに言うと、圧倒的な不運を経験し、悔しさが臨界点を超えることは、現代人がものすごく苦手な嫉妬心のコントロールを獲得する過程でもある。日頃の想像力に溢れた批評や、憧れや羨望を醜い嫉妬に変えずにいることに長けた物言いのうち、どれくらい彼がもともと持っていて、どれくらいその過程で獲得したかなんてわからないけど。

 さてここで疑問なのだけど、件のツイートをした歌手やそれが起こした議論で、効率を考えるのは当たり前でしょと言わんばかりに優れた遺伝子操作をクールに肯定していた者たちは、その辺で昼酒飲んでる健康自慢のおじさんとダースレイダーやホーキング博士(ちなみに伝記映画の「The Theory of Everything」、今も稀にある邦題事故案件で、日本語タイトルは「博士と彼女のセオリー」という。なんでエブリシングがキミとボクなのか、セカイ系ラノベなのか、ラブコメなのか)と、どちらを「優れた」と呼ぶのだろう。手足がないけどイケメンで頭のキレがいいおじさんは、どう位置付けるのだろう。自由な手足の有無や視力や寿命なんていう見るも明らかな差異ですら、つけられない優劣をどうやってつけるんだ。

乙武洋匡が壊せなかった枠
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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

reddash7 >健常者はその貧困な想像力で、身体の調子が悪い者の枠を作る。(中略)それに対して、実は何かしらのディスエーブルを抱えている人は想像力の塊だ。 2ヶ月前 replyretweetfavorite

isaku3 本日の涼実様節 「不倫が社会生命を奪うゲームは何ゲームなのか。AKBでメンバーが坊主にする茶番を見せられるのと同じゲームなのか。理解に苦しむ。」 乙武氏だけでなく我々も山を超えねば…🔥 https://t.co/MFgRVxgZGO 2ヶ月前 replyretweetfavorite

agyo_ungyo 「そこに山があるから。」と言ったとか言わないとかあるけど、人生の山で頂点の景色を見た人ってどれだけいるんだろうね。しがないオッサンは山で遭難しないようにいたします。 https://t.co/FSNXwLmgZP 2ヶ月前 replyretweetfavorite

BeVi56174065 ものすごいハンディキャップを抱えた人は、想像力の塊だし、嫉妬心のコントロールを獲得できるのでは?というような事について本文中にあったのだ。ア界隈向けのテキストでもあると思ったのだ。 https://t.co/80mZRaqijn https://t.co/TNkRWxJw7P 3ヶ月前 replyretweetfavorite