性別を限定せずパートナーと呼ぶのがLGBTQ的に正しい」みたいな空気

今回、牧村さんのもとには、「女性とパートナーシップ宣誓をしたけど、お互いをパートナーと呼び合うのが好きではありません」という方からのおたよりが届きました。相談者さんは「妻」と呼びたいのに、相手は性別が固定されない「パートナー」と呼んでほしいのだそう。牧村さんは、コミュニティの枠にとらわれず自分らしく生きる道を提案します。

※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。/バナー写真撮影:田中舞 着物スタイリング:渡部あや

毎週水曜朝10時、「ハッピーエンドに殺されない」。

誰かが決めた正解に向けて走らされるくらいなら、立ち止まってもいいから自分の頭で悩む時間を持ちたいわね。っていう連載です。読者の皆さんからのおたよりを受けて書いています。

今回ご紹介するのは、「LGBTQの活動をしている人と同性同士でパートナーシップ宣誓をした。自分は“妻”と呼び合いたかったが、“パートナー”と呼び合うのが正しいのだと言われてしまった」というおたよりです。

こちらの連載は2014年から続いています。初期は「女と結婚した女だけど質問ある?」というタイトルを付けていただいていました。同性同士フランスの法律で結婚し、相手をパートナーと呼び、しあわせに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。っていう感じの、なんていうか正し~いLGBTQイメージを生きていた頃がわたしにもありました。愛する自由、新しい家族のかたち、自分らしく生きる喜び!!みたいな。

でもなんかね。それをやっているうちにどんどん、「わたし」の声がなくなっちゃう感じがして。わたしが何をしゃべっても、「LGBTQ当事者の方の生の声を聞ける貴重な機会でした」という感じでまとめられる。

読者の皆さんからのおたよりも、「LGBTQ当事者として辛いですが牧村さんをLGBTQとして生きる上での参考にしています!」みたいな感じになっていって、それは読者さんの自由なんですけど、いや、なんだかわたしが「LGBTQ」って書いてある虹色のきれいな壁で人を囲い込んでるような気がしてきちゃって。この息苦しさはなんだろう?ってなもんで、LGBTQ社会運動の歴史や、結婚制度の歴史などをひもといてきました。

それで今考えていることっていうのが、次の二つです。

「LGBTQはアメリカ発祥の社会運動のチーム名として名乗るものであり、人間を種類で分けて名指すものにすべきではない」

「LGBTQという概念がここまで広まったのは、アメリカという大きい国が、英語というあらかじめ広められた言語にのせて論文や広告や政治演説や文化芸術などを作ったからだ。これは世界を“虹のように多様”にカラフルにしているように見えて、実は、アメリカの星条旗の色に塗っていくことだとも言えるのではないか。もっと自分の頭で考えたい。LGBTQとかレズビアンとか性的指向とか、そういった英語由来の概念が世界を塗っていく以前の物の見方も、ちゃんと書き留めておきたい」

ということで。望む望まざるにかかわらず、LGBTQ当事者だということにされている人が、自分でLGBTQを名乗っても、名乗らなくても、自分の中の自分の声を忘れずにいるためにはどうすればいいか。虹色に塗られてしまわずに、虹よりも広い空を飛びまわるにはどうすればいいのか。考えていきたいと思います。

牧村さん、こんにちは。 毎週の連載を楽しみしている牧村さんの大ファンです。 牧村さんの文章を読んでいると、いつも心の中でモヤモヤと考えていたこと、スッキリしなかったことが晴れていき、心が救われます。

本日は牧村さんにご相談をしたく、メールを送ります。 配偶者や恋人を「パートナー」と呼ぶことについてです。 私はこの味気ない呼び方が好きではありません。というか、嫌いです。

先日、お付き合いしていた女性とパートナーシップの宣誓をしました。 私は、結婚したからには「妻」と呼び合いたいとぼんやり思っていたのですが、彼女が私を第三者に紹介するとき、いつも「パートナー」と言います。

私は結婚後は彼女のことを「妻」と言っているのですが、どうやら彼女にとってはあまり嬉しくない呼び方のようです。

何故「妻」が嫌なのかを聞いたところ、「性別が限定される呼称は良くないと思う」とのこと。

彼女はLGBTQの活動をしているアクティビストなのですが(ちなみに私はLGBTQという言葉も、6色レインボーも好きじゃないです)性別を固定する言い方に対してかなり敏感で、なるべくリベラルでいようとしているように感じます。

当事者コミュニティの中でも「パートナー」と呼び合うのが一般的だそうです。

別にリベラルが悪いわけじゃないですが、性別を固定するような呼び方がダメという風潮も何だか極端なんじゃないかと思います。 性別を限定する呼び方がダメだというなら、相方の方がまだマシだと感じます。

しかし、お付き合いをしていた頃、お互いのことを紹介する時は「彼女」と言っていたのに、これは矛盾じゃないのか?とも思うのです。 (私たちはいわゆる「シスジェンダー」というやつで、性別違和は抱えていません)

私はパートナーという味気ない呼び方をされるたび、寂しい気持ちになります。ロマンティックさや特別感のかけらも感じません。全然馴染むことが出来ません。「パートナー」と言われる度に私のことじゃなくて、誰か違う人のことを言われているような気持ちになります。

最近私のことを紹介するときは「妻」か「奥さん」と呼んでくれとお願いしたのでそうしてくれていますが、渋々という感じです。私が妻を紹介する時、彼女が嫌がるので「パートナー」呼ぶようにしますがめちゃくちゃ抵抗感があり、正直嫌です。私も堂々と妻と呼びたい。

私はパートナーと呼び、彼女は私を妻と呼ぶ。たかが呼び方ですが、この彼女との間にある不公平感 (私はそう感じます)に対するモヤモヤが地味に辛いです。

牧村さんはどう思いますか?

(全文拝読の上、一部編集して掲載しました)


まずはパートナーシップ宣誓おめでとうございます。お互いの意見をすり合わせて、それでも納得できないところはこうやって外に相談して徹底的に考える。向き合いながらも閉じてしまわない、素敵な関係だなぁと思いました。

お相手の方に「牧村朝子の連載に相談送ってみるね」っておっしゃったのかどうかは分かりませんが、個人特定できないようにおたよりをちょっとぼかして掲載してます。お相手の方には恐縮ですが、この「パートナーって言うのが今の時代は正しいんだよ」感、いろんな人に関係があることだと思うので、ぜひここで一緒に考えていきましょう。

わたしも、しっくりくる表現がない、社会の中でわたしの愛しい人を指す表現がないっていうことにずいぶん悩んでいます。で、いろいろ調べた結果発見したのがこのことなんですよ。

「“つま”っていうのは万葉集の時代から性別関係なく愛しい人を呼ぶ言葉だった」

そうなんですよ。なんか言葉で悩んだときは、わたしいつも辞書を引きまくるんですよね。

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ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

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SK7FISH 「“つま”っていうのは万葉集の時代から性別関係なく愛しい人を呼ぶ言葉だった」 「「妻」という漢字の下半分は確かに「女」ですけど、「夫」も「妻」も、実は「頭にかんざしをさして結婚式のために着飾っている人」の様子を字にしたもの」 https://t.co/JnBqNQXr6V 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

SK7FISH 妻ってそういう意味でもあったんだ知らなかった… 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

mashiroshirosuk @sayo_yaga 声いいですよね!聞きやすい! 文筆家の牧村朝子さんという方で、私は彼女の言葉が好きなんです☺️推し文筆家です!著作やcakesでの連載(https://t.co/I5Jhb0PvMo)も面白いので是非! う… https://t.co/Y00f4xzVJ8 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

koropanda1 この話はまきむぅの記事がつよつよだった https://t.co/KBiCRDAaq4 約2ヶ月前 replyretweetfavorite