日本でも童貞向けの恋愛映画がつくられるようになった
伊藤聡(以下、伊藤) 今回インタビューさせていただくにあたって、『トラウマ恋愛映画入門』に出ている映画を全部観たんです。
町山智浩(以下、町山) 22本もあるのに! それは大変だったでしょう。
伊藤 この1週間、ずーっと恋愛映画を見て、恋愛のことばかり考えていました。こんなに真剣に「付き合うとはなにか」「結婚とはなにか」と考えたことは、今までなかったような気がします(笑)。男性って、そもそもあまり恋愛のこと考えないじゃないですか。
町山 そういうところはありますね。
伊藤 この本は、恋愛について普段ほとんど考えていない男の人を、啓蒙するための本だと感じました。手取り足取り「恋愛とはこういうものだ」と教えてくれるというか。アメリカだとジャド・アパトー監督の映画のように「女性と付き合うとはこういうことだ」という恋愛入門的な映画のジャンルがありますよね。
アメリカ在住の町山さんにスカイプでインタビューを行った
町山 ジャド・アパトーの一連の映画は、だいたい35歳から40歳くらいの人向けにつくられているんですよ。彼の映画で最初にヒットしたのが、まさに『40歳の童貞男』(2005年)ですからね。あのタイトルが示すように、40歳くらいまで恋愛をしないできた人を対象にしている。アメリカにも最近そういう男性が増えていて、彼らが一番映画を観ているんですよ。なにせ、時間だけはたくさんあるから(笑)。
伊藤 へえ、日本だと草食系男子などと言われていますが、アメリカでも恋愛しない男が増えているんですね。
町山 はい。恋愛に臆病なまま年をとったり、恋愛がうまくいかなかったりする人向けの映画は、アメリカでわりと早くからつくられていて、その先駆けがウディ・アレンだと思います。ウディ・アレンが自分のモテない理由を分析してつくったのが、本書で扱っている『アニー・ホール』(1977年)です。
伊藤 『アニー・ホール』*1は1977年の映画ですからね。36年前に、そういう映画がもうつくられていたと。
*1 伊藤聡さんの連載の『アニー・ホール』評はこちら。
町山 そして、その系譜として1997年公開の『チェイシング・エイミー』(97年)があります。これはまさにマンガオタクでモテなかったケヴィン・スミス自身が、初めて恋をしたけどうまくいかなかったという恋愛経験からつくった映画です。
伊藤 この本の冒頭に出てくる映画ですね。
町山 それまでハリウッドのエンタテインメントは、オタク的な人を対象にしていませんでした。でも、徐々にオタク的な人たちが自分で映画をつくるようになって、オタクを取り上げた映画が少しずつ増えてきたというのがアメリカの現状です。日本も最近そうなりつつありますよね。
伊藤 日本の映画にもジャド・アパトー的なことをしようとしている作品があるということでしょうか?
町山 はい。それを特にハッキリと意識しているのは同名マンガが原作の映画『モテキ』(11年)ですね。あの映画には、『アニー・ホール』を元にしている『(500)日のサマー』(09年)へのオマージュが出てきます。あとこれも原作マンガがありますが、さえない男が主人公の『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(10年)もそうです。モテないオタク的な人たちにとっての恋愛とは何なのか、という男性向けの恋愛映画が日本でもやっとつくられるようになってきた。それまで、日本の映画における恋愛映画は、たいてい女性向けで、モテない男なんて登場しなかったんですよ。
伊藤 そもそも、存在しないことになっていたんでしょうか(笑)。
町山 そうそう(笑)。マーケティング対象になっていなかったんですよね。
恋愛映画の巨匠も、元カノに怒られてばかりだった
伊藤 女性って、友達同士で食事をするときに、「あの人が最近気になるんだよね」みたいな恋愛話を2時間でも3時間でもするらしいじゃないですか。それが、僕には信じられなくて。男性だったら、まあちょっとは好きな子の話をしたとしても、2時間全部その話ということはないでしょう。そもそも、恋愛に対する意識が違いすぎると思うんですよね。
町山 それでいうと、僕は昔から、フランソワ・トリュフォーという監督のことが不思議だったんですよ。というのも、彼は恋愛映画ばかり撮ってる。盟友ジャン=リュック・ゴダールから「政治的な活動をしろ」と言われた時も、「自分は政治に興味ない」と決別した。でも、彼の映画の中に出てくる主人公は、女性も好きだけど映画の方がもっと好き。たとえば『アメリカの夜』のジャン・ピエール・レオは、彼女に「遊びに行きましょう」と誘われても、「じゃあ名画座に映画を観に行こう」とか言って、彼女がむくれる。そういうシーンが、トリュフォーの映画にはよく出てくるんですよ。
伊藤 それ、本人の経験なんじゃないですか?(笑)
町山 そのとおりです(笑)。本の中で紹介した『隣の女』(81年)のジェラール・ドパルデューは、トッド・ブラウニングの『知られぬ人』(27年)という映画について話しますが、そんなマニアックな映画、普通の人は観てないって(笑)。だから、なぜトリュフォーは、僕のような映画オタクなのに、恋愛物ばかり撮っているんだろう? この二面性に僕はすごく興味があったんです。恋愛映画ばかり撮る映画監督ってモテそうですけど、そうでもなかったみたいですし。
伊藤 実生活でも、結婚しては離婚して、の繰り返しだったみたいですね。
町山 『隣の女』は、女性が男性に、恋愛について説教する、印象的なセリフがいっぱい出てきます。例えば、入院しているヒロインのラジオを主人公が直してあげて、「ラジオでニュースが聞けるね」と言うと、彼女は「私はシャンソンを聴くだけよ。ニュースよりも真実があるわ」と言う。これ、すごいですよね。要するに、政治や経済、歴史の真実はニュースの中にあるけど、人の心の真実はラブソングの中にある。男は政治や経済ばかり気にしているけど、目の前にいる人の心がわからない。
伊藤 ああー、そうですねえ。
町山 僕は「なんて含蓄のあるセリフなんだ」と感心していたんですけど、この映画を観たトリュフォーの昔の彼女だったカトリーヌ・ドヌーブが、「ここに出てくるセリフ、私が彼に言ったことじゃない!」と憤慨したという話を聞きまして(笑)。そのとき、「ああ、世界の巨匠と言われている人も男女関係については、女に説教されて学んだんだなあ……」とおもしろかったです。
伊藤 親近感がわきますね(笑)。
町山 それを象徴的に表しているのが、「男はみんな恋愛のアマチュアだ。何も分からない」というヒロインの夫が言うセリフ。彼女は安定した愛を求めて、歳の離れたその男と結婚したんですけど、「僕だってアマチュアなんだ!」なんて言われちゃうわけです。もう女性にとっては絶望的ですよね。恋愛についてわかってる男は、どこにもいないのか、と。
伊藤 僕が『隣の女』ですごくいいセリフだと思ったのが、「愛には資格がいる。でも、私にはそれがない」、です。町山さんはこの本の前書き「恋愛オンチのために」で「初めての恋愛は、免許もなしで自動車に乗って公道に出たような感じだった」と書かれています。トリュフォーの言う「資格」が町山さんのいう「免許」なのかなと。それでいうと、恋愛映画の巨匠であるトリュフォーは、生涯無免許だったんですかねえ。
町山 巨匠ですら無免許って、なんか悲しいですね(笑)。
伊藤 町山さんはもうご結婚されているし、お子さんもいますよね。恋愛の免許は、どのあたりでとられたんですか?
町山 いやいや、僕もいまだに無免許です(笑)。わからないことだらけ。今、娘とテレビドラマなんか見ていても、「パパは人の心がわかってない!」ってよく怒られますもん。もう精神年齢は、娘の方が高いんじゃないかな。女の人は13歳で50歳を抜いちゃうんだなあ、としみじみ思います。
恋愛はこわい。だから怪獣映画に逃避した
伊藤 数えたんですけど、今回の本で、耐え切れなくなって相手を殺す、もしくはお互い死ぬという映画が、未遂も含めると22本中12本もあったんですよ。
町山 うわー、そんなに?(笑)気付かなかったです。意識しないで選んでいました。
伊藤 つまり、人を好きになったら、死ぬしかないのかと(笑)。それって、町山さんの恋愛観の一つなのかなと思ったんです。恋愛は楽しいものじゃなくて、そこに飛び込んだら、進むも地獄、戻るも地獄みたいな。
町山 ああ、僕が恋愛についてこわい、めんどくさい、という思いを持っていたのは、子どものころ、母親と父親がしょっちゅう夫婦ゲンカしていたからだと思います。うちの親父は、えーと、4人の違う女性と子どもをつくっているんですよ。
伊藤 それは……すごいですね。
町山 僕も含めてね。なので、子どものころから、男女のドロドロは目の前にありました。おふくろは僕をつれて心中しようとしたこともあったし、僕を折檻するときも「お前の父親はよそに子どもがいるんだよ」とか言うわけです。それって、子どもにとってはすごく嫌なことじゃないですか。
伊藤 つらいですね。
町山 だから、男女関係全般は、嫌なこととしてインプットされていたんです。だから現実逃避として、怪獣映画、カンフー映画、アクション映画、戦争映画にのめりこんだ。そういう映画はすごく単純明快ですから。作戦立てて、勝てばいい。すっきりしたもんですよ。
伊藤 最後はガッツポーズして、気持ちよく終われますからね。
町山 僕はこれまで、『隣の女』で言うところの「ニュース」ばかりを追い求めて、「シャンソン(ラブソング)」を避けてきたんですね。だけど、映画評論家の看板を立てているのに、恋愛映画を避けていていいんだろうか、とふと思いまして(笑)。恋愛映画について、いちから学ぶつもりで書いたのがこの本です。
伊藤 てっきり、町山さんが、モテない恋愛オンチの男たちを導くために書いてくれたんだと思っていました(笑)。
町山 いえいえ、むしろ自分が恋愛オンチの筆頭です。この「入門」っていうのは、「自分が入門するよ」ということなんですよ。それ、ちゃんと書いておけばよかったな。
伊藤 はあー、そうだったんですね。町山さんは、ずっと独身で映画評論をしていたら、今頃どうなっていたと思いますか?
町山 まったくちゃんとした評論ができていないと思います。人の気持ちがカケラもわかっていなかったんじゃないでしょうか。今もそんなにわからないのに(笑)。水野晴郎さんって、生涯独身だったでしょう。警察映画や軍人映画ばっかり批評して、恋愛映画は絶対批評しなかった。自分もそういう批評家になったんじゃないかな。
(中編は10月9日更新予定)
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