木曜日のタロウ

世の女性たちがなんとなく共有する、「ニッポンのおじさん」へのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載。今回は『キングダム』人気ランキングで3位となった主人公、信のリーダー性を考察します。鈴木さんが見出した、都知事選を目前に控える山本太郎氏との共通点とは?

『キングダム』人気キャラ第3位の主人公

 土曜の夜と金曜のあなたを独占するみたいな目眩く生活を送っていないので、1週間で唯一の楽しみは木曜日にいそいそとヤンジャンを買って『キングダム』と『ゴールデンカムイ』を読む、あの30分にも満たない時間だけなのだけど、でもそれだけでも1週間を生きるに値するものだと私は思っている。元ポルノ女優なんて若くして死ぬ人が多いのだけど、私はキングダムが完結するまでは血反吐を吐いても生きようと思っているからね。

 だから先月初めに642話で新章が開幕するまでの休載期間1ヶ月は寂しくて、漫画の代わりに掲載されていた特集のキングダム公式問題集とか、「戦国七雄の作り方」講座とかを読みながら酒を飲み、行きずりの女を抱いてやり過ごした。そして特集第3弾はキングダム総選挙(好きなキャラクターランキング)の結果発表なのであった。

 この種の選挙は少年誌では結構頻繁に開催されて、テニプリとかキャプ翼とか同人BLなどが盛んで腐女子人気が高いものは選挙結果も荒れ模様となるのが楽しいのだけど、さすが武将や隊員など名前のあるキャラクターがたくさん出てくるキングダム選挙は実に190位までイラスト付きで紹介されている。1位姜廆、2位王騎、3位信。私の好きな順で他も紹介すると、王賁は11位、亜光は32位、昌平君は9位、亜花錦は16位、桓騎が6位、バジオウが10位、セイキョウとヒョウコウは正しい漢字を出すのに一生かかりそうだから省略。私は大衆的でもあり、男の趣味に関しては変哲が多くもあるので、大体どの漫画のキャラ投票も似たように微妙な結果に一票投じている。ので、これは何もおかしくはないが、信が3位なのは結構可笑しい。

 キングダムは実に多面的な作品である。女性の武将の活躍はワンダーウーマンなんかより凛々しく、軍や国の文化や民族の多様性があり、武将のキャラクターは政治家や経営者の標本集にも見えるし、中華統一の是非や亡国の危機はまさに国家論、軍の成立は組織論、細かなエピソードは全てマイケル・サンデル並の高度な正義論でもあり、ど真ん中のヒーロー成り上がり物語でもある。

 総選挙でも女武将が人気1位であるように軍のトップには女性も多く、女性活躍の時代としては非常にポリティカリーコレクトだし、出身民族が違っても力あるものは認められていく様も理想的ではある。かといって男女の不均衡や民族の不均衡がないわけではもちろんなく、そのバランスが奇妙に現代社会のバランスと似ている部分がある。トップの武将や剣士などであればそこは男女の別なく実力主義であり、しかし平場の兵士たちは100%男性、彼らの妻や子供は村で力なく大黒柱の帰りを待つ。さらに、実権的トップは女性であっても王はみんな男であり、後宮では女たちの女の戦いが繰り広げられる。これは一部のエリートに限っては女性活躍が目覚ましいが、本当にトップへの「鉄の天井」は未だ破られず、また平場の男女には根強く不均衡がある現代社会の実態と課題に結構重なる。

 つまり、キングダムを知り、キングダムの限界を知ることは世界を知り、社会の限界を知ることだ。と、少なくとも家でゴロゴロ漫画読んでる私は半分本気で思っていて、そして総選挙の結果、李信となる信が第3位なことも一考の余地があり、これを知ることは男について知ることでもあると、そこまでは思っていないけど、やはりちょっと思っている。というか、山本太郎の演説ビデオを観ていてさっき思った。

 これくらい主人公がはっきりしているような漫画で、主人公が1位でも2位でもなく3位というのは珍しい。葬式まで開かれた力石徹とか、やがて主役映画ができるジョーカーとか、強烈に人気のサブキャラみたいなものは昔からいるが、だとしたら2位だし、そもそも魅力ある好敵とか宿敵とかじゃなくて、自分のところの部隊の副長が1位だし、2位は序盤で死んだ師匠だし、やっぱり3位は結構微妙だ。

対極的な信と炭治郎

 物語の主人公である信は、例えば『鬼滅の刃』の炭治郎とは対極にある。共に殺戮と暴力を生業とするが、炭治郎の動機が徹底的に人のため(妹を救うため)であるのに対して、信は子供の頃に夢見た天下の大将軍になるためであり、それは当初の動機を超えてどんなに死地でも、基本的に彼の中にあるのは自分の夢である。また、炭治郎が家族を惨殺されて妹を鬼にされるという不幸なくしては殺戮や暴力などできればしたくないという人柄なのに対し、信は頼まれてもないのに幼少期からチャンバラに明け暮れ、勇んで戦場に入っていく。炭治郎がちょっとした疑問で頭を働かせ、人の話をよく聞いて成長していくのに対し、信は猪突猛進で頭脳戦は全く苦手、大声で主張しては間違い、人の話や注意を本当に聞かない。

 武力は圧倒的だが、策士的なところがないので優秀な女性軍師を伴っていて、また戦いの理由については彼と一応一蓮托生の友である秦王嬴政が一人で背負っている。ちなみに人気1位の姜廆は軍の頭脳となるほど賢く、信に命を分け与えるような自己犠牲的なところもあり、王騎は正しく戦の何たるかを理解する武人である。3位の信だけがひたすら無邪気で頑固、悪く言えばバカで、独善的で、深いことは考えず、思い込みが激しく、状況への理解をせずに声だけ大きい。とにかく冷静さに欠き、暑苦しく、面倒臭い。正義感はあるが、正義のぶつかり合いでは他者への尊重がない。ひたすら手柄を欲しがり、ライバルの出世を憎み、俺が俺がと前に出る。私は太田光が言うところの「照れ」や「違和感」を愛する男が好きだから、こんなに真っ直ぐな正義感にまみれた信は、弟だったら納屋に閉じ込める。ここまで書いてみると3位でも上位すぎる気がしてきたけど、実際、私の周囲のキングダム読者で「信が好き」と言っていたのは前に対談したビリギャル小林さやかちゃんただ一人だった。

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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

bsbforawj てっきり、アソタロウかと思ったらヤマタロウだった。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

10ricedar 歳を重ねる度に、この国の湿気が辛くなってきている 一回、カラッとした夏を体験したい 虜になるか、こちらが恋しくなるか はぁ 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

kawac 個人的な好き嫌いは置いておいて、キングダムと、それを踏まえた考察にはすごくハッとした件... - 約1ヶ月前 replyretweetfavorite