相手が非・有名人だからこそ
それぞれ事情も状況も異なるが、渡部建にしても、手越祐也にしても、霜降り明星・せいやにしても、箕輪厚介にしても、「スキャンダル」と称される出来事に、具体名が明示されるわけではない「女性」が登場する。それぞれの場合において、彼女らに向けて、「(誘いに応じるor後になって告発する決断を下した)その人たちもその人たちだよ」という口撃が一定数向けられる。直接名指しで叩かれる有名人に対し、匿名性が維持される様子に乱雑な声がぶつけられるのだが、おおよその場合、「女性の匿名性(=非・有名人)にすがった行動」を起こしたのは、有名人である男性のほうである。それぞれの行動が、相手は自分のように有名ではない、という前提にすがっていた。
有名人側の支持者は、その手の非・有名人に対して「名乗り出ないくせに」と凄むのだが、自分が好んでいる有名人が、非・有名人を選んでそういうことをしたのではないか、と疑うべきだと思う。でも、あまり、そういうことをしない。しない理由は見えない。だって支持者だから、なのか。それって、理由になるのだろうか。以前、セクハラ事件の告発にかかわった友人と話していたら、権威的なポジションにある加害者が「価値のある自分の人生をよくわからない女に無茶苦茶にされてはならない」という心根を漏らしていたのだという。で、その価値を、それでも支持し続ける人たちが高め続けたという。
一段下に見ている感じ
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