多目的トイレの神様

世の女性たちがなんとなく共有する、「ニッポンのおじさん」へのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載。今回は、不倫報道でバッシングされてしまうタレントと、問題発言を連発しても許されがちな政治家について。鈴木さん自身の過去を手掛かりに、麻生太郎副総理への疑問を紐解いていきます。

不倫報道について思うこと

 フランスで「不倫はモラルに反するとは言えない」という最高裁判決が出たという話の、実際の裁判の内容というのを、私は当初あんまり把握していなくて、仏在住ジャーナリストのプラド夏樹さんの本で詳しく知ったのだけど、要はあの裁判はオランド元大統領の事実婚パートナーだったトリユルヴァイレールさんが、根も葉もない不倫報道を「名誉毀損」だと訴えたところ、最高裁が、不倫は別に40年前から刑法上の罪じゃないし、つまりモラルに反してるわけじゃないし、だから不倫の噂を立てられたあなたの名誉は毀損されていないよ、という判決を出して訴えを棄却した、ということだったらしい。ってことは不倫の噂を立てられることは、「あの人の携帯キャリアはドコモじゃなくてソフトバンクらしいよ」とか「あの人サボテン育ててるらしいよ」とか吹聴されるのと同じで、事実かどうかに拘らず別にダメージないっしょ、ってことになるわけで、仏の価値観を輸入せよという意味ではなく、単に私はこの話が割と好き。

 不倫スキャンダルなど出ると、この世にはもっと重要なニュースがあるのにとか、人の家のことは口出しすべきでないとか、要はそのニュースがニュース足り得ていること自体を批判する声が少なからずあがり、まったくもって正常な感覚だとは思いつつ、重要なことより重要じゃないことの方が全然好きな私は、できれば人生を地方自治法改正について議論したりマンション管理組合のアンケートに答えたりするよりも、他人のセックス事情について不真面目にブツブツ言いながら不真面目にニヤニヤ笑って過ごしたい。不倫と人種問題と人の死や病が同じテンションで真面目に消費される光景は常軌を逸しているけど、それは多分私たちが悪いのではなくて、出演者の嫌われる自由を奪ったテレビが悪いと思う。不倫報道で失われる名誉なんて元々あってもなくてもいい程度のものなのだ。

 ヘイトや犯罪を排除したところで、ある程度嫌われてもなお存在する自由というのは、本来なら大衆側の嫌う自由と共に常備されていたはずだけど、嫌う自由だけは温室で守られたまま、嫌われる自由を剥奪されたタレントさんたちは大変だなと思う。残されるのは、常識的なことを辛口な口調で言う「毒舌」と、いい人キャラとセットで小出しにする「破天荒」、せいぜいローランド的な強いキャラで大喜利的に放り出す「パンチライン」くらいで、好かれたくない人にまで気を使うその職は、少なくとも学校的な社会からはみ出るものの受け皿では最早ないのだろう。

 ただ、そうやってバルコニーを切り落としたマンションみたいな安全装置の方が、結果傷つく人が少ない、と判断してきたのは私たちなのだろうから、文句を言っても仕方がない。もちろん、嫌われる自由を奪ったのは実はテレビなんかじゃなくて、嫌いながら許し、嫌いなものの存在を認める力を失った人々であるのは言うまでもない。

問題発言を繰り返す麻生太郎

 さてしかし、市民の多くにその名前と顔を知られるような立場にあって、今でも好き放題に嫌われる権利を行使し、伸び伸びと生きている人というのが永田町近辺には存在する。好感度によって得られるポジションが変わるタレントどころではなく、定期的に国民に裁かれるはずの彼らが、なぜかタレントひいては一般大衆よりもずっと「表現の自由」を謳歌し、嫌われきってなお存在する自由を過剰に楽しんでいるのが不思議でならない。一部は一般大衆の酒の席でもやや許されないレベルのヘイト発言や、一人を裏切る不倫より些か罪が重そうな国民全員への裏切りが入っていたとして、なぜか彼らの名誉が毀損されている雰囲気がなく、ひたすら別の人の名誉が毀損する。もちろん、バッジピーポーのことである。

 麻生太郎の問題発言集は、ジャンル横断的に広がっているため、彼に言葉で殴られた人たちも、アイヌ、女性、アルツハイマー、ユダヤ系、愛知県民、医者、ワープア、終末期医療患者、弁護士、韓国、ブサイク、セクハラ被害者、若者、「民度の高い」日本以外の全ての国などなど実に多岐に渡り、全部足せば到底マイノリティとは言えない量である。失言増産だけでなく、自死した財務局職員の妻が35万人分の署名を送っても再調査はしないというし、というかそもそも公文書改ざん問題の責任をとる気ははなからなかったようだし、毎回毎回お金はケチるし、かつては政治とカネ問題も度々疑惑が上がったし、漫画ばっかり読むし、漢字覚えないし、渡部じゃなくても自粛し放題のポイントは今までいくらだってあった。

 一般人の私には疑問が二つある。まず、なぜこんな人なのだろうかということ。匿名で誹謗中傷や罵詈雑言を垂れ流すアカウントは、行き場のない不満や悲鳴をあげる自尊心を他者への攻撃に変えて消化不良のようにゲリゲリと外に出しているのだと私は思うのだけど、彼らがやめないのは、匿名であるが故に反撃の刃が自分に向いているという意識が希薄だからだろう。ゲームのキャラが死んでも自分自身が傷つかないのと同じように、アカウントが非難を浴びようと投稿不可の罰則を受けようと、自分自身が傷つかない。自分は傷つかないバーチャルなキャラを使用しても、相手は実際に傷のつくリアルなキャラを設定するところが何とも有害で、個人的にはどうぶつの森の中だけでキレたり威張ったりして欲しいのだけど、とりあえず彼らはそれほど不思議な存在ではない。

 麻生副総理は写真と本名付きで非難され続ける立場にあるのだけど、では政治家としての自分をゲームのキャラと同じようにバーチャルに切り離しているのか、それとも鋼のメンタルだとか逆にドMとかドSなだけなのか、それほどまでに信念が強いのか、ジョーカーみたいに誕生秘話付きのワルモノなのか、サイコとかそういう方面の方なのか、なんかの罰ゲームなのか。これは淑女のこちらとしては結構重要な問題なのだ。簡単なことが我慢できず、同じ批判を浴び続けても変わらず、自らトラブルを引き寄せて、喉元過ぎれば懲りを知らず、教育されず自ら学ばず、理性も感性も鈍くて自分がコントロールできないオジサンたちに悩まされる日々の鍵を、彼が持っているような気がするから。

 何かによってこれほど盤石な性格なのであれば、その原因がわからない限り、多目的トイレで雑に浮気する男も、レイプまがいのセクハラをする男も、死んでも謝らない彼氏や思いやりのない夫たちも、変化の機を逃す気がする。

許される男と許されない男

 もう一つの疑問は、なんでこんなにも嫌われているのに許されるのかということ。深夜ラジオのノリと言い訳しても許されず、味方してくれる信者にトラップと愚痴っても許されず、芸のこやしとか男の甲斐性なんて言ったら余計許してもらえなさそうな昨今、彼らとアソウ的なものを隔てるのは何なのか。顔……? 一理あるけどそれなら東出とか石田純一とかましてや山田孝之なんて何したって許されるでしょうし、田中真紀子をして「口の曲がったわけのわからない」おじさんと言われた顔が飛び抜けた魔性を持っているかというと疑問だ。

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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

Sheena_shurri 読んで良かった。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

Kaco_hoC7_Ca 題名に引かれ休み時間に読んだけど、すごいパンチ力だった。 https://t.co/DY2AnXUqf7 4ヶ月前 replyretweetfavorite

mainichiThankU 題名だけで満足できるエッセイに初めて出会った。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

Suzumixxx 今回のニッポンのおじさんは、タイトルはあれだけど、深夜ラジオすら言葉に厳しいはずの昨今、麻生太郎氏が許され続ける理由を、ヤンキー漫画愛好家の観点から勝手に推理。ちなみに私はクローズなら米崎派、ワーストは世良直樹♡ https://t.co/kL4jq0vzaf 4ヶ月前 replyretweetfavorite