大熊信(以下、大熊) みなさん、本日はお越しいただきありがとうございます。cakesで幡野さんの連載を担当している大熊と申します。今日は幡野さんがこの連載の中で紡いできた言葉を紹介しつつ、それにどういう意図や意味があったのかを幡野さんに直接聞いていきたいと思います。
幡野広志 (以下、幡野) けっこう恥ずかしいですね。
大熊 名言もあれば、迷言もあるかもしれない。
幡野 スベるかもしれない。傷口に塩を塗り込まれるような。
大熊 (笑)。では早速幡野さんのお言葉を見ていきたいと思います。
幡野 お言葉! やめて!(笑)。
最終的に自分で考えてほしい
大熊 まずは、この言葉です。
(編集部注:スライドの右下は連載時の記事タイトルです)
大熊 この相談を送ってきたひとはプロの声優になりたい37歳の女性で、現実的なことを考えるとお金のこともあるし、もう夢は諦めたほうがいいでしょうか?と悩んでいて。それに対する幡野さんの回答がこれなんですけど、この言葉ってある意味、答えてないんですよね。どっちがいいかっていう相談に対して、どっちでもいいよっていう答え。
幡野 そうね。ぼくに質問や相談を送ってくるひとって、どっちがいいですかって二択で聞いてくることがすごい多いの。でも正直どっちでもいいよね、ぼくからすると。
大熊 (笑)。
幡野 どっちでもいいし、じゃこっちって言った時にその通りにするのかなっていう疑問もあるの。ひとの言うことそんな気にしちゃうの?って。
大熊 そもそも人生相談を送ってくるひとは、答えが本当にほしいのかっていうのがありますよね。
幡野 明らかにほしいんだろうなっていうひとはいる。責任取りたくないっていう考えと、失敗したくないっていう考えが混ざっちゃってるひとはそうだよね。誰かの言うことを聞きたいひとは、答えをすごくほしがる。
大熊 あー、そうですね。
幡野 彼女の場合はそうではなかったけれど、ただ、ぼくは本当にどっちでもいいと思ったし、そもそもどっち選んでも正解だと思ったの。どっちを選んでも後悔するひとっているし、じゃあもうどっちでもいいんだよな、としか思わないんだよね。
大熊 なるほど。
幡野 実際どっちを選んでも、正解ですからね。仮に失敗してもね。
大熊 悩みごとを相談してくるひとってだいたい背中を押してもらいたいのかなと思っていて。幡野さんは、悩みそのものには答えてないんだけど、「大丈夫だよ」って背中を押してあげている。優しいんですよね。全肯定してる。
幡野 最終的に自分で考えてほしいんですよね。こっちにしなさいって言っちゃうほうが危険でしょ。
大熊 あー、たしかに幡野さんが「こうしなさい」って言うことあんまりないですね。
幡野 人生相談であんまり答え出さないっていう。考えてほしいんだよね、自分で。
大熊 人生相談なのに(笑)。幡野さんのもとには毎日たくさんの相談が寄せられていますよね。
幡野 今は1700件くらい溜まってて。
(会場がどよめく)
幡野 でも相談を送ってくるひとは、そんなに溜まってるって知らないわけでしょ? だからすごい悩んじゃってるひとは「このあいだの相談の続きなんですが」って何件も連続して送ってくる。
大熊 「途中で送ってしまったんですが」とかもありますね。
幡野 そうそう、悩むひとはそういう傾向があるんじゃないかな。本当にいろんなひとがいます。
大熊 あと、連載がめちゃくちゃ読まれてTwitterなどで拡散された時にもすんごい数の相談が来ますよね。リロードしたら3件、リロードしたら5件って。
幡野 そうですね。みんな答えてほしいんですかね。
大熊 幡野さんに期待しているとは思いますけどね。
不倫相談するひとが必ず使う言葉
大熊 次の言葉にいきましょうか。
幡野 これ、本当にみんな使うの。不倫の悩みを持ちかけてくるひとはね。でも、この記事が公開されてから激減した。
会場 (笑)。
幡野 激減したけど、その前までは、不倫相談するひとは必ず使ってた。大切っていう言葉。
大熊 「あのひとには大切な家族があって」とか、そういうパターンですね。
幡野 そう、「私には大切な子どもがいる」とか。自分を美しく見せるための言葉なんだけど、不倫相談以外で大切っていう言葉あんまり見ないの。
大熊 あー、たしかに。
幡野 だから、大切っていう言葉には邪魔って意味が含まれているんだなって毎回思う。
大熊 けっこう残酷な話ですよね。
幡野 日常的に使います? 大切っていう言葉。
大熊 使わないですね。
幡野 不倫の時だけですよ。大切って使うの。
大熊 幡野さん、なんでそんなに不倫に詳しいのかな、ってぼくずっと思ってるんですけど…。
会場 (笑)。
幡野 いやいやいやいやちがうからね!(笑)。不倫の相談に詳しいだけ! やめて、ぼくがまるで不倫しているみたいな言いかた(笑)。
大熊 わかりました(笑)。
幡野 本当に、前々から思っていたの。不倫しているひとたちはみんな大切って言葉を使うなっていうことは。
大熊 幡野さんは、この悩みを送ってきた相談者に対して「あなたの言っていること嘘ですよね?」っていう指摘もしていますよね。
幡野 はい。
大熊 これって匿名の人生相談じゃないですか。誰に気を遣うこともなく、本音を言っていい場所なのに、なんでわざわざ嘘を送ってくるのかなって思うんですよね。
幡野 なんででしょうね。でも不倫をしているかたはだいたい綺麗な言葉で包んでますよね、自分を。何かを気にしているんでしょうね。匿名でもひとの目気にしちゃってるのかな。
大熊 誤解されるとあれなんですけど、幡野さんって不倫を否定していないんですよね。
幡野 不倫は別にいいと思います。
大熊 不倫してるやつら許せん、みたいなそういうことは思っていないんだけど、不倫にはまっているひとたちがどうしてもついてしまう嘘みたいな問題はありますよね。
幡野 嘘というか、予防線張っているひとが多いのかな。
大熊 それにしても不倫の相談、多いですよね。
幡野 そう。人生相談をやり始めて、こんなにみんな不倫しているんだって思いましたもん。高校生の恋愛相談とか全然こない。40代の不倫話ばっかり。
会場 (笑)
一番やばいのはジャイアンのお母さん
大熊 次の言葉にいきます。
幡野 あ、これは娘さんがいじめられているっていう相談でしたよね。
大熊 そうです。娘がいじめにあっていて苦しんでいるから、仕事を辞めて娘に向き合ったほうがいいかなって悩んでるお母さんからの相談で。
幡野 ぼくが「会社辞めて、娘さんの側にいたほうがいいですよ」って答えたら、実際に会社辞めちゃったんですよね。
大熊 そう、正社員の仕事を辞めるってそうとう覚悟がいると思うんですけど、娘さんのために辞めたんですよ。そしたら状況がよくなったみたいで。
幡野 いいお母さんだよね。
大熊 その回答のなかで幡野さんが言った言葉が「ぼくはジャイアンのお母さんはもっと嫌いです。」で、ぼくにはそれが印象的だったんです。ジャイアンが嫌いというのはよくわかるんです。でもジャイアンのお母さんっていう発想はなかった。
幡野 ジャイアンを好きなひとはいないでしょ、暴力団みたいなもんですからね。でも一番やばいのはジャイアンのお母さん。
大熊 たしかによく考えればその通りなんですけど、それまで誰も言ってこなかった。
幡野 なるほどね。前の書籍(『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』)で毒親問題をけっこう取材したんだけど、学校の先生と会った時に思ったんですよ。いわゆるいじめって、テレビドラマの感じからすると裕福な家庭の子がいじめるみたいなイメージがあるでしょう。
大熊 ベタな感じの。
幡野 そうそう。でも先生から「実際は真逆ですよ」って言われて。調べていくと、ジャイアンがいじめっ子なのは、ジャイアンのお母さんが原因だってわかる。お母さんは、ジャイアンには八百屋の店番をやらせて、ジャイ子には漫画家の道を進めているわけです。典型的な兄弟間格差をつけちゃうんです。それがジャイアンが不良になっちゃう原因なんだよね。
大熊 藤子・F・不二雄先生が意図していたのかはわかりませんが。
幡野 意図していたと思うな。
大熊 あの母親によってジャイアンの暴力性が作られているっていうことですもんね。
幡野 たぶんわかってたんじゃないかな。じゃなかったら出木杉くんとか、しずかちゃんみたいな子も作らないと思う、キャラクターとして。
大熊 たしかに。たとえば出木杉くんの親がジャイアンのお母さんっていうことは起き得ない。
幡野 起き得ないですね。スネ夫なんかは裕福な家庭なんだけど、愛情が足りてないとこうなるよ、金だけあってもしょうがないよっていう話だと思う。
大熊 あーたしかに。
幡野 ぼくはのび太のお母さんが一番やばいと思っているんだけど。
大熊 あれやばいですね!
幡野 やばいでしょ!? 息子がボコボコになって帰ってきてもさ、何も気に留めないでさ、テストの点数だけ見てさ。ドラえもんがいるからのび太は自殺しないですんでるけどさ。
大熊 そうですね。
幡野 ドラえもんみたいな親にならないといけないんだろうなって思う。それを藤子先生はわかっていたんじゃないかな。
大熊 なるほどなー。
(次回に続く)
次回「ネットでボコボコに叩かれるんだろうなって思ってた」は6/27(土)更新予定。お楽しみに!
【今回ご紹介した幡野さんの連載記事はこちら】
夢や目標を叶えられなかった人ほど「お前には無理だ」と言う
先の長くない友人のためにも、子供を産みたい
ジャイアンが嫌い、ジャイアンのお母さんはもっと嫌い