前回の掲載後、少しツイートを漁っていたら、シュペーアの回想記復刊ですばらしい解説を書いた田野大輔が、レニ・リーフェンシュタールを紹介したテレビ番組かなにかについて、「「すごい美人の監督」みたいに紹介するの、このご時世でPC的にどうかと思うし、美貌で仕事を獲得したみたいな誤解を招く」と述べていたのを見つけたんだけれど、うーん、ぼくは彼女が明らかに美人で得をしていたし、それも含め使えるものはなんでも意識的に使ってのし上がった人だから、決して誤解ではないとは思うんだけどなあ。ヒトラーには媚びを売っても相手にされなかったけど、ゲッベルスにはそれが効いたらしいし。
が、閑話休題。シュペーア回想記とはまったく関係なく(ないと思う)、今年になってナチス関連で変な本が出ている。ミヒャエル・H・カーター『SS先史遺産研究所アーネンエルベ ナチスのアーリア帝国構想と狂気の学術』(ヒカルランド)だ。
アーネンエルベといえばご存じの通り(と読んで、知ったかぶりのためググってみた皆さんは今頃、得体の知れないアニメなどが大量にヒットして悲鳴をあげていることでしょう。大丈夫、元ネタも派生物も、別に知らなくていいから。知らないほうが健全だから。アーネンエルベとか、ハンス・ヘルビガーとか、知ってるほうがヤバいから!)、ナチス親衛隊配下の怪しいオカルト研究所だ。
本書はその歴史を、だれも知りたくないくらい詳しく(なんせ邦訳800ページ超)研究した唯一無二の研究書となる。いやあ、こんな本の邦訳が出るとは思っておりませんでした、というか、これほどまとまった本が出ていることさえ、そもそも知らなかった。
ナチスの魅力は、表向きのすさまじい合理主義と形式へのこだわりみたいなものと同時に、そのすぐ裏面に隠れているドロドロのオカルト耽溺ぶりにもある。ヒトラーやナチスの、アーリア民族至上主義だの(ちなみに最近、これをアーリア人の本流ともいうべきインドの人たちが真に受けて、インドでネオナチがはびこっているそうな)、ゲルマン民族の土着宗教だの、UFOだの地球空洞説だのチベットだの超人だのといった荒唐無稽な話への入れ込みかたは、それなりに有名だ。だからこそ、かの『インディ・ジョーンズ』でもナチスが失われた聖櫃(ロスト・アーク)を探し求めて云々なんていうお話が、おバカな冒険活劇の根拠になる程度にはもっともらしさを持つ。
前回少し触れた拙訳トゥーズ『ナチス 破壊の経済』にも、チョロチョロとナチスの変な世界観や思想の話が出てきて、それが特にその人種政策と結びついた様子は述べられている。ただそれは、かなり散発的で、いろいろ変なやつも紛れ込んでいたという程度の扱いだった。でも本書を読むと、それが全部つながるのだ。
ヴァルター・ダレの変な農本主義(ゲルマン民族が農業を軸に大地との結びつきにより栄え、その力を得てきた、というようなおバカ学説)とナチス農業政策やSS定住圏構想とのつながり、地方都市振興策における古代ゲルマン宗教(と称するもの)のつながり、宇宙の星はすべて氷でできていて、その衝突が各種天変地異を引き起こす、というような宇宙氷説(ホントはもっと発狂しているんだが、とてもここではまとめきれない)と反ユダヤ主義とのつながり。
そして最初は、ヒムラーがどこかでかじってくるインチキ学説を、形ばかり研究しているふりをしつつ、上のえらい研究者が多少はまともな仕事もするような、多少はまともな研究所だったアーネンエルベが、次第に完全に取り込まれ、ゲルマン人の起源を証明するための怪しげな遺産収奪と、ユダヤ人を実験台にした人体実験や人種を証明するための怪しげな骨格測定だのに走り、やがては崩壊を迎える様子を、本書は細かく描き出す。
真面目な研究書だから、もちろんぼくがはしゃいでいるみたいなオカルト学説そのものについては、単なるトンデモとして一蹴し、重点はむしろその組織としての力学。組織拡大の中で、考古学や地質学面で自分たちと(学術的にも政治的にも)対立しかねない他の研究所に対する嫌らしい破壊/吸収工作だの、まともな学者がいないのを何とかしようとして各地大学へ手下を送りこみアカデミズムに浸透しようとした手口、そして最後には、拡大しつつ中身のなさがだんだん見透かされて、やがてSSからもバカにされ、自壊する。また、ヒムラーの肝いりで創設運用されていたナチの御用研究機関ではあるので、それが各時期にどんな要請に応えて各種研究を続けたのかもくわしい。人間を低温状態にしてからお風呂に入れて復活させるというトンデモ人体実験は、飛行機での温度低下への対応策だったのか。知らなかった。
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