SNSで政治についてなんか言っても言わなくても居心地悪い感じ

今回、牧村さんのもとには、政治批判の動画をTwitterでシェアしたら「何かを不満に思ったからと言って、大勢の人に交じって石を投げつけるような人にはなりたくない」と書かれて寝込んでしまったという方からのお悩みが届きました。「私が政治批判の動画をシェアするのは、大勢に交じって石を投げる行動なのでしょうか」とモヤモヤする投稿者さん。牧村さんは投稿者さんの内なる叫びに耳を傾けていきます。

※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。/バナー写真撮影:田中舞 着物スタイリング:渡部あや

毎週水曜朝10時、「ハッピーエンドに殺されない」。自分の人生自分で決めたい、けど、迷ってる。悩んでる。歯がゆい思いしてる。っていう読者さんからご投稿をいただいて一緒に考えていく、cakes画面越しの対話時間です。

2020年5月。この頃は「#検察庁法改正案に抗議します」ハッシュタグに数百万の投稿が集まるなど、生身の政治へインターネット越しに声をあげる人も増えています。それはいいんですが、

「この人はSNSで政治について発言しない人!」
「この人はSNSで政治について発言しちゃう人!」

インターネットで両面からジャッジされるような、「政治についてなんか言っても言わなくてもどっちにしろ居心地悪い感じ」が生まれてきている面もあるな〜って、わたしは挟まれてます。

挟まれていたところ、こんなご投稿をいただきました。「政治批判の動画を上げたら、Twitterで“大勢の人に混じって石を投げる人”扱いされた」と。

いやじゃん?

じゃ、たとえたった一人でも自分の信念を貫ける人でいるためにはどうしたらいいんだ。っていうか、自分の信じているこれは本当に自分の信念なのか。わたしは誰だ。自分ってどこにいるんだ。っていうことを改めて、考えていきたいと思います。まずは、ご投稿を読んでいきましょう。

こんにちは。いつも牧村さんの活動や連載を楽しみにしています。


私は20代後半なのですが、学生時代から選挙に行っており、同性婚に賛同している候補者のボランティアにちょっと参加したりとか、意見があれば失礼にならないように気を付けて地方自治体や政党に意見メールを送ったりとか、ネットと紙問わず署名しています。

学生時代、友達は選挙に行かない人が多く、同年代の友達で行くような人がほぼいません。行かない多くの人とは、何となく疎遠にしてしまって、現在はパートナー含む周囲の人が、ほぼ40代以上になってしまいました。(不満はないのですが)

Twitterのアカウントを持っていて、普段は自分が仕事と並行している勉強とか目標のことをつぶやいているけれど、時々政治のことをシェアします。批判の動画のときもあります。それを「何かを不満に思ったからと言って、大勢の人に交じって石を投げつけるような人にはなりたくない」と、とある方から書かれました(現在削除したようです)。

「色んなことを書くアカウントなので、思ったような内容じゃないかもしれないから、気軽にフォロー解除してください」と書いたのち、もうつながりはありません。寝込みました。

それぞれが一票ずつもっているし、選挙権がなくてもネット署名など自分の意見を行政に発信する方法はあるから、多くの人が政治参加できる時代だと思います。生活しながら政治参加することのほうが、自分の勉強とかパートナーとの同居(遠距離なので)を叶えることよりも重要に思ってるかもしれません。

これは極端な気持ちですが、この時期に世の中とか政治について、Twitterを見ていても、ちょっとでも発言したり「いいね」をしているだけで、その意見が合わなくても、その人に対してある種ほっとするところがあります。もちろん表に出さない人もいるとは思いますが、その方の言葉が突き刺さりました。

その方が、投票に行く人なのか、政治には参加しないことが美徳だと思ってるのか、全くそれ以上の情報はありません。政治に参加しない人がいるから今の世の中の現状なんですよ、と思ってしまいますが、それをわざわざ定期的に発言すると、発言しなきゃと思い続けるプレッシャーがあって、いわゆる「政治垢」になりそうで、ぶれてしまう気がします。

私が政治批判の動画をシェアするのは、大勢に交じって石を投げる行動なのでしょうか。ときに自分の勉強そっちのけで、行政の言動を追ってしまうのが(優先順位はやっぱり国民としての政治参加だとも思う)辛いですが、投票率が台湾くらい上がるまでは、自覚のある人はちょっとがんばって発言し続ける必要があるのだと思ってしまいます。

長文読んで頂いてありがとうございました。牧村さんがTwitterで「まとまらない文章」「乱文失礼しました」という言葉がよく添えられているけど、自分の気持ちは整理した文章に収まりきらないですよね、といった趣旨のことを話してらしたので、この投稿をする勇気が湧きました。

(プライバシー保護のため、全文拝読の上で一部編集して掲載しました)


よくぞ書いてくださいました。整理しきれない、あふれ出た部分にこそ本当のことが出るとわたしは思っています。ご投稿の核はおそらくここだと思います。

「何かを不満に思ったからと言って、大勢の人に交じって石を投げつけるような人にはなりたくない」と言われたことに対するショック

まずこの核の部分を、それから、あふれ出てる部分を考えていきましょう。……と、整理したようなこと言ってますけど、わたしからもあふれ出ると思います。この「仕事に勉強に政治参加!同世代より年上の人と!」という感じ、まじで身に覚えがありすぎるから。

その「何かを不満に思ったからと言って、大勢の人に交じって石を投げつけるような人にはなりたくない」って言ってきた人……直接言ってくるんじゃなくて遠回しに独り言風に、いわゆるエアリプで言ってきた人のこと、ご投稿者の方は、尊敬してらしたのよね。じゃあこの言葉、尊敬してた人の言葉から、一緒にじっくり読んでいきましょう。ご投稿者の方がなさっている解釈が全てではないと思うから。

さて。

レッツ現代文。

「何かを不満に思ったからと言って、大勢の人に交じって石を投げつけるような人にはなりたくない」

これ、すごく遠回しで具体性に欠ける言い方ですけど、要するにどういうことだと思いましたか? わたしには、下記2パターンに読めます。

(1)大勢の【政権批判者に】交じって【政権に】石を投げつける人
(2)大勢の【政治参加!拡散!RT!とか叫ぶ人に】交じって【叫ばない人に】石を投げつける人

ご投稿者の方はおそらく、この言葉を(1)で取ったんですよね。でもわたしね、その人の発言には、かなり(2)が混ざってたんじゃないかなと思う。わたしはその人じゃないからわからないんだけど。ご投稿者の方の、「自覚のある人はちょっとがんばって発言し続ける必要があるのだ」とか、「政治に参加しない人がいるから今の世の中の現状なんですよ」というお言葉、明らかに【(2)叫ばない人】の方を向いて発せられてると思うんですよね。【(1)政権】にではなくて。

「だから叫ぶな」とは言わないのよ。むしろわたし個人はね、ちゃんと叫ぶためにこそ、聴きたいと思ってるの。叫ばない人、叫べない人、自分と違う意見を叫んでる人の声を。それから、自分の内なる叫び声を。

ということでこの先は「聴き方」のことを考えますね。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
ハッピーエンドに殺されない

牧村朝子

性のことは、人生のこと。フランスでの国際同性結婚や、アメリカでのLGBTsコミュニティ取材などを経て、愛と性のことについて書き続ける文筆家の牧村朝子さんが、cakes読者のみなさんからの投稿に答えます。2014年から、200件を超える...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

mikoto_anna あーもう!乱文だけど! まきむぅの連載好き! 【】 |牧村朝子 @makimuuuuuu | 5ヶ月前 replyretweetfavorite

46296 この連載やっぱり好き…➡  5ヶ月前 replyretweetfavorite

MizzouYoshiko 改めて時間をかけて読みたい文章 5ヶ月前 replyretweetfavorite

NiroNiroNirou 政治は対立が起きる。だから、 ①対立者の「意見」を訊くこと  ・批判と攻撃分け  ・派閥と個人分け ②「良い子ぶる」は要らない  ・人を裁くほうがおかしい  ・とにかく問題を聴こう 以上2点で参加しやすい政治になる。 https://t.co/2rg3Bjmvr8 5ヶ月前 replyretweetfavorite