私が住むマサチューセッツ州では、緩い外出制限が出た3月半ばから5月上旬の現在まで外出制限が強まるだけで緩まる兆しはない。ある町の大型スーパーマーケットでは従業人80人以上が感染して閉鎖になり、別のいくつかの店では従業員に死亡者も出ている。5月5日には公共の場でのマスク着用義務も発令された。
外出制限のせいかSNSでいろいろな「チャレンジ」を見かけるようになった。チャレンジをバトンタッチするものもある。私にも日米の知人からチャレンジがまわってきたが、中学生の頃からチェーンメール的なものが苦手な性格なので、今回もいいかげんにストップしてしまった。
でも、自宅に閉じこもって暗い気持ちになりがちな今、これまでやらなかった新しいことにチャレンジするのはとてもいいことだと思う。
わが家での収入の大部分はマーケティング・ストラテジストの夫の講演やビジネスカンファレンスでの仕事である。私も営業担当として年間6千万円ほどの売上を出しているのだが、全世界で「ソーシャルディスタンス」が行われているときにビジネスカンファレンスや講演は不可能なので、それらの収入はゼロになる。今年予定されていたクロアチアやイタリアの講演はキャンセルになったが、キャンセルした飛行機代はなかなか戻ってこない。多額の税金を払わねばならないこの時期はキャッシュ・フローでハラハラだ。新型コロナウィルスのワクチンが開発されて広く行き渡るまで多くの人が集まるイベントはできないだろうし、この状況はそう簡単に元には戻らないだろう。
新しいチャレンジを阻む言葉の呪い
深刻さは異なるだろうが、多くの人が将来に不安を抱えていることだろう。
私たち夫婦が決めたのは次の2つだ。
①不幸を嘆くよりも現実を受け入れ、それに応じて自分たちを変える努力をする。
②新しいことにチャレンジし、それを楽しむ。
①は、これまでのビジネスモデルを、ソーシャルディスタンスの時代にあわせて新しく変える努力だ。夫は自分と同様の問題を抱える知人たちと一緒に新しいビジネスをいくつかスタートさせた。私も、自分の企画を進めつつ、夫の新ビジネスに戦略面で協力している。
②については、仕事だけでなく日常生活でもマスクを作ったり、古い服をリフォームしたり、ハーブを種から育てたりして楽しんでいる。
「種まき用ポット」は高いので、スーパーマーケットの紙製バッグを使って手作り
芽が出てくるのを観察するだけでもハッピーになれる。
②のもうひとつのチャレンジは「エレクトロ・スイング」だ。
かつてネットで見つけて「かっこいい!私にも踊れたらいいだろうなあ」と憧れたのだが、テンポが早くてステップは理解不能。「私の歳ではとても無理」と諦めていたけれど、新型コロナウィルス流行の最中に60歳になった私にぴったりのチャレンジだと思った。ダンスを学ぶだけでなく、ゴールデンウィーク開けにはビデオを作って公開する目標も立てた。
ちょっと躊躇したのも事実だ。
日本では、若くて、痩せていて、(日本人男性好みの)かわいい顔でないと「女としての価値がない」とみなされているところがある。そして、そういう価値がない女は「人間としての価値がない」とみなされる。SNSで男性が女性を攻撃するとき「ブス」とか「ババア」とか「デブ」といった言葉がよく使われ、フェミニズムに関した発言をした時など、私もその矛先を向けられる。「若くて、痩せていて、かわいい」のカテゴリから外れている私が若者向けのダンスをたった数週間自学自習しただけで世間の目にさらしたら、きっと悪口を言いたくなる人が出てくるだろう。
でも、私が子供の頃から成人するまで大嫌いだったのが、「外聞が悪い(世間体が悪い)」という父の口癖だ。何か新しいことに挑戦しようとするたびにこの言葉で封じられ、その呪いを解くのには何十年もかかった。せっかく60歳になったのに、過去の呪いの言葉に負けたくない。
誰にもそれぞれに呪いの言葉や縛りがあると思う。典型的なカテゴリに入らない人が公の場で自分らしく振る舞っていると、「身の程知らず」とか「勘違いしている」と叩く人が必ず出てくる。批判されたり、攻撃されたりするのは嫌だから自分の行動を自ら制限してしまう。最初から行動を抑制してしまうと、本当なら達成できたかもしれないことができないままになる。だからこそ感じるモヤモヤを、「(あなたとちがって)私にはお金がないから」「(あなたとちがって)私には才能がないから」という言い訳と恨みに変えてしまう人がいる。新型コロナウィルスで外出制限になってからは、こういった発言で攻撃する人が増えているような気がする。
だからこそ、私はこのチャレンジを決意した。そして、YouTubeで見つけた映像を教師にし、(ダンスのための音楽は購入したが)お金をいっさい使わないことを条件にした。
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