言い難き嘆きも手

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る本連載「ニッポンのおじさん」。今回は、ナインティナイン岡村隆史さんの風俗発言について。様々な批判が飛び交うなか、元夜のおねーさんとしての違和感を考察します。

不謹慎でもセーフだった笑い  

 昔、ゲストが大勢出るような明石家さんまのトーク番組にナインティナインが出演していた時、大御所の芸人の人気とやる気が衰えないがためにそこそこ中堅の年になってもゴールデンタイムの顔がまわってこない、というような話から、岡村隆史が「だから正直、早く死んでくれへんかなって思ってて」と言って司会者である明石家さんまやゲストから大笑いをとっていた。さんまの番組の、過度にお約束を重視して、空気を読まないでそれを崩すゲストを小馬鹿にするようなノリにゲッソリ気味だった私もテレビの前で半分はよく言ったという気持ち、半分はその不謹慎の面白味に、横で見てたチャラい男(今唐突に思い出したけどこの男に貸した20万円返ってきてない)の膝を叩いて笑った記憶がある。

 当然、この発言も正しさの概念で無理やり添削することはできる。まず自分がその高みに登れないことを、自分の実力をつけることではなく、高みにいる目上の人を引き摺り下ろすことで解決しようという態度は正しくない。また、いかなる場合においても人の死や不幸を望むことも人道的でない。ってことで、小学校の道徳のセンセイあたりが添削すれば、「だから僕ももっと精進して芸を磨きそのポジションに行く価値があると世間に認められたい」とかせいぜい「いつまでもお元気でいて欲しいからこそ、あまり多忙な日々でお疲れにならないようお仕事を絞ってはいかがか」くらいの方が道徳的である。ただし岡村は道徳の先生ではないのでそこで求められることは少なくとも正しいことではないし、「僕も頑張ります」と言われても面白くもなんともないので、「死んでくれへんかな」という発言は実際短い番組予告でも切り取られるほど歓迎された。

 この発言が不謹慎かつ正しくないのに、面白い/セーフであるのにはいくつかの要素がある。まず、「死んで」というある意味攻撃的な物言いの向かう先にいるのが、テレビ界の絶対的王者であるから、本人同士も見ている者も、弱い者が強い者に噛み付いているという構図をよく理解している点。対象が盤石であってその発言で傷つかない/揺らがないのが明らかな点。それから、「死んでくれへんかな」の背後に、「あなたが死なない限り僕はあなたを超えられない」という賛辞が暗に感じ取れること。さらに、実力でのし上がるんじゃなくて先人の死でトップに立ちたいという、文字通り「小さい男」っぷりを露呈し、それが外見の妙と重なった自虐になっていたこと。そこに、「死」という言葉の重さとタブーが重なって、ブラックな笑いが生まれていた。

 「死」という言葉は安易な笑いをとるのに使われがちで、「死ねばいいのに」と軽い調子で言うと、その事態自体の軽さと言葉の重みの間に歪みが生まれて笑いになる。私は人生楽しいし死にたくないから全然好きじゃないんだけど、「保育園落ちた日本死ね」とか「死ぬなら一人で死ね」など、近年話題となった言葉論争も「死」のセンセーショナルに依拠していたし。

岡村隆史の風俗発言  

 さて、世の中が経済不安と健康不安ではちきれんばかりの今日この頃、その時は不謹慎と面白味のバランスが取れていたに見えた岡村が、深夜ラジオの発言で物議を醸し、事務所ホームページで謝罪するという大ごとに発展した。私もこの発言の一部が超気にくわないのだけど、Twitterなどでの炎上や、さらに怒りが収まりきらない人たちの署名運動などをざっと見る限り私と同意見の人は見かけないし、私は岡村以上にズレた人間かもしれないので、とりあえず後回しにして、彼が一気に顰蹙をかった話である。ちなみにだけど私は生まれ育った環境のせいで、って要は家が山の中すぎて、ラジオとか、運がよければかすかにFMヨコハマが入ってくる程度で全く聞く文化がなく、よって何の思い入れもない上に今も聞かないので、誰かが好意か悪意でネット上にアップしてた音源でその発言を聞いた。

 話題はコロナの影響で風俗に行くのを我慢するということにあって、そこから、(コロナが収束したら)「絶対面白いことあるんです」「なかなかのかわいい人が短期間ですけれども、お嬢(風俗の嬢)やります」「短期間でお金を稼がないと苦しいですから」「3ヶ月の間、かわいい子がそういうところでパッと働いてパッとやめます」と言って、それがネットニュースに載り、それに対して反貧困ネットの藤田孝典という人が撤回を要求するブログを書いてさらにネットの波に乗り、多くの人の逆鱗にふれた。

もしも別の職業についてだったら?  

 ただその多くのこの発言が不快だという点では一致団結しているように見える人たちも、細かい書き込みを見ると実際はそう一枚岩ではなく、多分個人によって何がどう不快かということにちょっとした多様性を見せており、せせこましい私は岡村発言への怒りがどういう類のものなのか知る助けにならないかと脳内で発言の別バージョンを延々と作っている。

A「絶対に面白いことあるんです、普段大学の授業準備で忙しい有能な文学者たちが授業がなくなって空いた時間で腰を落ち着けないと書けない長編の本を書きます。質の高い本がバーっと発売されて、収束したらまたみんな大学の授業の準備に戻ります」

B「面白いことあるんです。普段外食ばかりの女がここぞとばかりに料理の腕を磨いています。自粛が明けたら磨いた腕をふるって手料理を食べさせてくれます。3ヶ月くらいで飽きて外食に戻っていきます」

C「必ず面白いことあるんです。営業が減って食えなくなったプロの若手芸人がこぞってYouTubeを始めてます。普段スポンサーに気遣ってできないようなプロのネタがそこら中で見れます。またテレビの仕事が増えたらそっちに消えます」

D「必ず面白いことがあります。水商売で食べられなくなった人が、昼職を求めてあなたの会社の面接にやってきます。今までお金を払わないとしゃべったり仲良くなったりできなかった美女たちが後輩になるんです。給料が安いので銀座のクラブが復活したら3ヶ月くらいでそっちに戻ります」

E「必ず面白いことがあります。潰れた飲食店の料理人があらゆる業種に流れます。短期バイトで入ってきた部下が料理のプロなわけで、会社のバーベキューでプロの味が食べられるようになります。また飲食店が復活すれば3ヶ月くらいで辞めてそっちに戻ります」  

 不快指数大賞で岡村発言を90とすると、どれもそれなりに似た論法かつ似たような問題を孕んでいそうに見えて、岡村発言からいくつかの要素が抜けているので、そのぶん減点されて、不快指数としては本家と比較するとやや低いと思う。Aは普段の仕事を奪われた人の話ではあるが本来やりたくない仕事をやらなくてはいけないという要素はなく、また対象に経済不安があまりない、Bは経済不安と失職の要素がない、C は性的不均衡の構造がない、Dは夜職と昼職の高低差がない、Eは発言者と発言対象の間の搾取の構造がない。おそらく岡村発言に怒り狂った人の中にも、どの発言に似たような怒りを感じるかで差があるんだと思う。

 逆説的には岡村発言にはそれらに何かしら欠けているヤツが全部揃って、「人の不幸を笑う不謹慎」「経済不安がない者がある者を見下す傲慢さ」「男性が資本にものを言わせて女性を搾取する構造」「昼職から夜職への転職を不本意なものに固定する概念」「単に女の性を売り買いする男たちへの吐き気」などなど、どれに怒る人にも刺さる、大衆的不快指数のロイヤルストレートフラッシュになっていたわけである。

 当然彼もそれなりの人気芸人であるがゆえに、ファンや擁護する声もあるし、彼自身深夜ラジオ独特の内輪と不謹慎とウケ狙いがあったのであろうとは推測できる。マルクスはかつて資本とモテの関係についてこのように書いた。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

sanukimichiru 鈴木涼美さん cakes連載「ニッポンのおじさん」 ”” https://t.co/u4ek25ZQaT   有料記事なので前半だけしかよめませんが 岡村ANN不適切発言についてその複雑性を クリアに書いてくれたの… https://t.co/5IsN17i2DU 4ヶ月前 replyretweetfavorite

kanapppe 文春の能町さんコラム「言葉尻とらえ隊」を今週も。そこから、cakesの鈴木さんコラムを再読。どちらも言い得てる。この不快の原因は、じっくり整理したいと思う。 https://t.co/JIcm3cMLf0 4ヶ月前 replyretweetfavorite

Mrs_narcissism |ニッポンのおじさん|鈴木涼美|cakes(ケイクス) めっちゃ面白かったから読んでほしい https://t.co/Arny1ukN1d 5ヶ月前 replyretweetfavorite

kauaty ちょっとすかしたエッセーだけど、自分としては新しい視点かなぁ。例の岡村隆史の件。締めで語られるまとめに、ああそういう事かと。〜 5ヶ月前 replyretweetfavorite