直観・論理・大局観を切り替えよ
Q.人間の思考とは何でしょうか?
この問いはあまりに多くの切り口がありすぎて、それだけで1冊の本になってしまいます。本書はあくまで「時間戦略」がポイントです。だとすると、いかなる問いから始めるのがいいのでしょう?
かなりいろいろ考えました。本来はその試行錯誤のプロセスもお伝えしたほうがみなさんの納得度も高いと思いますが、紙面も限られているので結論だけお伝えします。
人間の思考を理解し、ブランディング期の時間戦略に落とし込むためには、次の問いからはじめるとよさそうです。
Q.人間の脳内活動はどうなっているのか?
よく脳については「ON/OFF」と言われますが、私たちの脳に「ON/OFF」はありません。脳は常にどこかの部位がONになっていて、OFFになるのは死んだときです。そして、ON=活性化している脳内ネットワークには、3つの代表的なパターンがあります。
DMN(デフォルトモードネットワーク)
SN(セイリエンスネットワーク)
CEN(セントラルエグゼクティブネットワーク)
これら3つの脳内ネットワークは役割がそれぞれ違っていて、例えばアイデアが生まれるときに活性化するのはDMNです。
仮にこのDMNが100個のアイデアを「出す」とすると、それを3つぐらいに「絞る」のがSNです。そして、絞られたアイデアを精査して1つに「決める」のがCENになります。
こうしたアイデアを「出す」「絞る」「決める」という機能を一般的な思考法に当てはめると、「直観(DMN)」「大局観(SN)」「論理(CEN)」になります。ものすごく雑にたとえると、「直観」が右脳だとしたら「論理」は左脳で、「大局観」が右脳と左脳を行ったり来たりしているようなイメージです。
2018年、ハーバード大学のビーティ教授は、おもしろい研究を発表しました。それは「普通の人」と「イノベーティブな人」で、3つの脳内ネットワークの使い方がどう違うのかを調べたものです。
結論から言えば、イノベーティブな人はこれら3つのモードの切り替えがうまい。
逆に言うと、普通の人は切り替えがうまくいかず、特定のモードばかりを使いがちです。
Q.イノベーティブな人はどのように考えているか?
〉〉〉A.3つのモードをうまく切り替えて考えている
将棋を思い浮かべてもらうとわかりやすいのですが、プロ棋士は局面ごとに100手ぐらいパッと浮かぶわけです。でも、それをいちいち吟味していられないので3手ぐらいに絞って、次はまたその3手の先にある100の局面を改めて吟味して……最終的に1手に決める。人の思考って、その連続なんですよね。それこそ羽生善治さんは、『直感力』、『大局観』、『決断力』という著書を出されています。
Q.では、どのように3つの脳内モードを切り替えるのか?
まず「直観」のモードには、ひとりでボーッとしていれば入れます。北宋時代の中国の詩人・文学者の欧陽脩が、アイデアの生まれやすい状況として「三上」という言葉を残しています。曰く、「馬上(乗り物に乗っているとき)、枕上(布団で寝ているとき)、厠上(トイレにいるとき)」の時にアイデアが生まれやすいと。
これは今の時代も変わらないように思います。
次に「論理」モードには、みんなで議論すれば自然と入れます。例えばブレストがそうで、あれはアイデアを「精査する」場なんですね。ブレストでアイデアを出し合おうと言う人がいますが、あれは噓です。ブレストによって新しいアイデアが生まれることは、あまりないです。
そして、「大局観」モードです。ビーティ教授の研究によれば、イノベーションにとって特に重要なのは、このモードです。なぜならば大局観を司るSN(セイリエンスネットワーク)が活性化して初めて、直観と論理の間を行き来できるようになるからです。
「大局観」と聞くと、物事を引いた目線からじーっと俯瞰するようなイメージを持たれるかもしれませんが、そうではなくて、「めちゃめちゃ引きながら、めちゃめちゃ寄る」という、高速の往復運動です。マクロだけでもなければミクロだけでもない、両サイドを行き来することでようやく大局(全体の成りゆき)が見えてくるわけです。
ここまで話すと、勘のいい方はピンと来ているかもしれません。改めて整理すると、本章ではブランディング期の時間戦略について考えています。そのポイントはどうも「具体と抽象の往復」にありそうだと既に述べました。そして、「具体と抽象の往復」とはすなわち、大局観のことに他ならないのです。
つまり、「ブランディング期の重心は大局観にある」と私は考えました。その前提を踏まえたうえで、次なる問いに移りましょう。
Q.大局観を持つには、どのように時間を使えばいいのか?
働く人々が生きる4つの時間領域
今から、本書のなかでもっとも重要な図を描いていきたいと思います。
ヨコ軸は「Doing」と「Being」。明確な目的に向かって頭を働かせている状態が、Doing(する)。役割があり、責任も発生しています。それらがない状態が、Being(いる)です。ここまでは、1章で書いた図と同じですね。
軸を一本、増やします。
人は多くの時間を「働く」ことに費やしています。
「人と動く」と書いて、働く。つまり、「ひとり」ではなく「みんな」とつながった時間を過ごしています。そこでタテ軸には「ひとり」と「みんな」を置いてみましょう。
するとビジネスパーソンが日常的に行っている行動は、この四象限で表せます。
いわゆる「仕事」のほとんどは、この図でいうと左半分に入ります。
一番わかりやすいのは左下の「みんなでDoing」の時間でしょうか。普段の職場というのは、基本的に結果を出すという目的を持って、みんなで動いています。
左上の「ひとりでDoing」は、複雑で困難な課題に取り組む時間です。私はこの時間を、「Deep Think」と呼んでいます。
例えば企画書の作成やプレゼンの準備などは、じっくりと深く考える必要がある。
このような複雑な課題は、ひとりで取り組んだほうが圧倒的にはかどります。反対に、経費の精算など簡単な課題は、みんながいる場でやったほうがはかどると言われています。
「Being」はただそこにいるだけでOK、ありのまま、あるがままでいいよという状態です。
右下の「みんなでBeing」の時間は、例えばタバコ部屋がそう。職場の休憩中にする雑談の時間もそうですね。他にも、飲み会や社員旅行などもみんなでBeing。みんなでコミュニケーションを交わしているんですが、仕事上のアウトプットのゴールがあるわけではありません。目的に向かって走らなくても、みんなのなかに「ただいる」だけで許される時間です。
右上の「ひとりでBeing」は、ボーッとする時間です。トイレ、散歩、お風呂、就寝前の時間。マインドフルネス、瞑想の時間もここに入ってきます。