八
——帰ってきたな。
さほど長い間、故郷を離れていたわけではないが、あまりの多忙さに時間の感覚が失われていたのか、帰郷は格別のものがあった。
長崎からは馬車を使ったので、ついこの間まで、馬か徒歩で往復していたのが嘘のようだ。
政府の高官になったことが、実感として迫ってくる。
佐賀城に着くと、留守居の者たちが列を成して迎えてくれた。沿道には見物人まで出て、皆で大隈の乗る馬車を見つめている。「故郷に錦を飾る」という言葉があるが、まさに大隈はそれを地でやっていた。
燕尾服の上にフロックコートを羽織り、山高帽をかぶった大隈が、ステッキをつきながら馬車から下りると、藩の重役たちが駆け寄ってきて頭を下げた。
ほんの数年前までは、大隈など歯牙にも掛けなかった連中だ。
——変われば変わるものだな。
だが鍋島閑叟も直大も、副島、江藤、島、大木、佐野、久米らもすべて京都、江戸、はたまた北越・奥羽戦線へと出払っており、佐賀城下はいつになく寂しい感じがした。
佐賀城の留守を預かる家老たちに帰還の挨拶を済ませると、大隈は自邸へと向かった。
すでに自邸へは使いを送り、帰宅を知らせてある。
馬車が自邸に着くと、親戚や友人が居並んで迎えてくれた。
「ただ今、帰りました」
玄関口で山高帽を取って挨拶すると、迎えに出てきた者たちから拍手が巻き起こった。
それも終わり、大隈が邸内に入ると熊子が飛びついてきた。
「お帰りなさいませ」
玄関には、母の三井子と妻の美登が正座して待っていた。
また親戚や友人も集まり、この夜は大隈の出頭を祝った宴席が設けられた。
深更、最後の客が帰り、三井子と女中たちは片付けに入っていた。熊子はすでに眠っている。
「あなた様、よろしいですか」
最後の客を送り出して戻ってきた大隈に、美登が声を掛ける。
「なんだ、あらたまって」と答えつつ、酒が入って上機嫌の大隈が二人の居室に入る。
二つ置かれている座布団の一つに、大隈が座る。
「やはり自分の家はいいな」
「それはよろしかったですね」
美登がよそよそしい態度で言う。だが大隈はそんなことに慣れているので、気にもならない。
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