「五十万両ほどです」
パークスが息をのむ。五十万両はほぼ五十万ドルに匹敵し、通常の戦艦なら四~五隻分、ちょうど新政府に引き渡されたばかりの最新鋭戦艦のストーンウォール号(甲鉄艦・東艦)が四十万ドルなので、それを上回る額になる。
パークスは立ち上がると、葉巻を吸いながら窓際に行った。そこからは横浜港が見下ろせる。
「五十万両あれば、この港が一つ買えるぞ」
「港など要りません。われらに必要なのは造船所です」
「造船所を造ってどうする」
「船を造って売ります」
パークスが噴き出す。
「どこに売るのだ」
「あなた方欧米諸国です」
「日本人の造った船を、われわれが買うというのか」
「はい」
パークスがやれやれという顔をする。
「貴国の技術力で、売り物になる船が造れるとでも思っているのか」
「はい。今は無理でも、遠からぬ先にはできるでしょう。われわれ佐賀藩が単独でもできたことですから」
三重津海軍所のことを知っているのか、パークスが真顔になる。
「確かに、いつかはそうなるかもしれんな」
「ですから横須賀造船所を、是が非でも日本のものにしたいのです」
「では、仮に金を貸したとして、君らの政府が倒れたらどうする」
「倒した者たちが払います。それが国際法というものです」
明治政府は、江戸幕府が右も左も分からないうちに締結させられた不平等条約や、不当に高い横須賀造船所の建設経費などに悩まされていた。だが国際法を遵守しないことには諸外国から相手にされないことから、江戸幕府の締結した条約や契約は、すべて遵守する方針でいた。こうした明治政府の実直な態度が後に評価され、江戸幕府の負の遺産は徐々に克服されていくことになる。
「君は国際法を知っているんだな」
「もちろんです。われらは国際社会の仲間入りを目指していますから」
パークスが真剣に考え始めていることが、大隈にも分かった。
「で、われらに金を貸すメリットはあるのか」
「あります」
大隈が自信を持って答える。
もしもイギリスが金を貸してくれなければ、横須賀造船所がフランスのものとなり、フランスは日本に対して大きな権益を持つことになるだろうと、大隈は語った。
「フランスは横須賀造船所で造った艦船を、日本のみならず諸外国の東洋艦隊に売り込むことになるでしょう。
「そいつは困る」
「困るどころではありません。造船だけでなく、あらゆる分野にフランスが浸透してくるでしょう」
「では、借りた金を返す見込みはあるのか」
「はい、あります」
大隈が語り始めようとすると、パークスが片手を上げてそれを制した。
「返す方法まで、私は聞く必要はない。われわれには銀行という仕組みがあり、金を貸すのは銀行になる」
「存じ上げております」
遂にパークスが断を下した。
「よし、分かった。オリエンタルバンクを紹介しよう。後は頭取の判断だ」
「ありがとうございます!」
大隈が直立不動の姿勢で頭を下げた。
オリエンタルバンクとは、日本では英国東洋銀行と呼ばれているイギリスの植民地銀行で、香港に本拠を置く。以降、日本国債の発行を積極的に引き受けて暴利を貪るが、日本の発展に寄与したことも間違いない。
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