無理だよね、女で、子供いて、旦那も働いてて、出世するのは。

第8試合<ママ>A子の場合 2人の子どもの産休、育休は問題なく取れ、時短勤務も許される。働く女性の理想のロールモデルとして、ちやほやされるものの、屈託はより深くなるばかり……。話題のエッセイ、鈴木涼美『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』から特別連載。cakesで掲載中の、橘玲さんとの対談「専業主婦と働くオンナ、どっちがしあわせ?」にも注目!

恵まれた環境なのは、わかってるけど

「定まってないんだよね、最近」

 彼女は銀座の中華料理屋の辛いスープを一口だけ飲んでそう言った。私と待ち合わせをする前にロンハーマンで買い物をしていたらしく、結構大きめの紙袋を隣の椅子に乗せている。
 おそらく今着ているワンピもロンハーマンの今季のもので、靴はセルジオ・ロッシ、バッグ のブランドはわからなかったが、バーニーズやエストネーションで気に入って購入したであろう質の良いものであることはわかった。

「メディア立ち上げの案件で、後輩が持ってきた企画もそんなに悪くはなかったんだけど、PRの案がクソで。私がキャスティングし直したらそれが気に入らなかったのか、それから 急速にやる気なくしちゃったみたいで、結局私の作業が増えて。別に後輩の企画がクソでも、 立ち上げがうまくいかなくてもいいんだけど

 服装が上品になったところで、口の悪さは高校時代から変わっていない。というか学生時代よりさらに口が悪くなったような気もする。高校時代はそこそこギャルっぽかったが、大学時代の彼女は私の知り合いの中で一番男性ウケが良かった。スニーカーか、趣味の良い高すぎないヒール靴を履いていて、髪はセミロングで色白、顔は橋本マナミを少しあどけなくした感じ。さらに面倒見がいいわりに舌足らずな喋り方をした。
 CanCam を読んでいそうで 読んでいない、実は結構難しい本も読むし、一人旅にも行く、そういうタイプだった。多くの大学の同級生男子たちが玉砕するのを尻目に、ヒスパニック系外国人やアルコール依存症の弁護士など個性豊かな男と付き合っていた。

「うちみたいな大きい会社も、そろそろ本気でワークライフバランスとか子供いる女の出世とかやらなきゃいけないっていう気持ちだけはあるじゃん。今の女の部長って二人だけで、片方は多分生まれてこのかた化粧したこともない、独身の、なんか筋肉質な人でさ、迫力はあるけど、誰もこうなりたいとは思えない上に、3ヶ国語ぺらぺらでハーバードかなんかのビジネススクールも出て毎日フィナンシャル・タイムズとかウォール・ストリート・ジャーナ ル含めて 紙以上新聞読んでて、なんか現実的じゃないでしょ。というか子供いたら無理でしょ。もう片方は死ぬほど美人でこっちも子なしバツイチ独身。それで私の世代に、もうちょっと現実的で子供のいる出世ロールモデルを作りたがってんの

モテ放題で頭も良い女子大生にとっての就活は男子学生のそれに比べて随分気楽そうだった。実際、彼女は現在の勤め先である大手マスコミの他に、三大商社のうち二つ、外資系投資銀行、外資系コンサル会社など五つ以上の内定をもらっていたし、それを周囲も特別不思議がってはいなかった。大学2年の時に 1年間留学していたとあって、仏語は流暢だったが、 英語が普通よりちょっとできないのは愛嬌である。実家もお金持ちで、横浜に3階建ての庭付き一戸建てがあるのにもかかわらず、都内で一人暮らしをしていて、よほど気乗りがしな い限り、アルバイトはしていなかった。

 自由人気質の彼女が、外資系の企業ではなくあえて古くて大きな日本企業に入社したのは どんな理由だったか、そのあたりの決め手を私は覚えてはいないが、当時は別に不自然ではなく当たり前のように本人も周囲もその選択をたたえた。
 顔が可愛くて、頭が良くて、堅苦 しい真面目さはなく、お金にも不自由しない彼女は、おそらくどこに行っても器用に泳ぐだろうし、周囲の女の子は、かつて私たちがそうであったように、やっかんだり妬んだりする気持ちよりも、彼女と友達でいたい気持ちが上回って、彼女に対して不利益なことはしないだろう。私は嫌味も含めてそう信じていたし、入社からすぐ、彼女が花形部署に配属されたことを知ってそう確信した。

予想外だったのは、彼女が入社から1年足らずで仲間内では最も早く結婚したことと、結婚相手が思いの外普通の会社の先輩だったことと、すぐに子供を産んだことだった。しかし その選択も、よくよく考えてみれば大変潔く賢いもので、下手に遊び足りないと尻込みしたり、「今は仕事」などと血迷っていたりした彼女の友人たちは29歳になって全員彼女に嫉妬した。
入社2年目で産休を取ったわりには仕事も順調で、社内表彰されたとか誰もが知るメディアに名前が載ったとか、そういった噂は探るまでもなく耳に入ったし、たまに会う彼女は娘がいることなど実際に目にしないと信じられないほど垢抜けていてぬかりなかった。

できない新人男子より、評価が低い、この矛盾

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自分が選んだ道なのに、いつも他人がしあわせに見えるのはなぜ? 恋愛、結婚、キャリア、子作り、不倫……。同じ土俵にA子とB美を並べてみれば、それぞれの思惑と事情と価値観が、浮き彫りになって見えてくる。女たちのリアルな本音対決、あなたはど...もっと読む

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Suzumixxx 今回のA子B美は、キャリアママの限界を憂いている友人の紹介です。夫の仕事と夫婦両方の性格と親の住んでる場所と、あらゆる条件が合致しないと、幸福に働くのって大変なんだろうなと思った。 https://t.co/bHodL10vVP 7ヶ月前 replyretweetfavorite