会社という檻から逃げたいのは、誰にも共通の願望。

第5試合<雇用形態>B美の場合 「やっぱり、一生働こうと思ったら、自分のやりたいことを形にする仕事がいいなと思って」。会社勤めに満足できない彼女は、起業に向けた準備に精を出す。それは一種の、逃避願望? 話題のエッセイ、鈴木涼美『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』から特別連載。cakesで掲載中の、橘玲さんとの対談にも注目!

私たちを縛る何かから、逃げ出したいという習性

 先日、高校時代のバイト先の友人たちと久しぶりに集まる機会があり、集まった5人のうち3人が黒髮、残り2人もかなり落ち着いたダークブラウンの髪色になっていることに改めて気付いた。高校時代、学校の校則や親の小言を無視して似合わない金髪や白メッシュにしていたのが懐かしい。
 今、私たち30代半ばの女たちが金髪や白メッシュにしたところで、叱ったり小言を言ったりする人はいないのに(ダサいとかイタいとか辛辣な批評はくるかもしれないけど)、そうなってくるといかにも東洋人な顔に似合い、メンテの頻度も少なくていい暗い色の髪に落ち着くものだ。

 それでも、高校時代に狭い狭い檻の中で小さな小さなくだらないルールに縛られていた頃は、どうにかしてその檻の隙間から外の世界に出てみたかった。檻は檻で十分楽しかったし今思えばあんなに安全に無責任に生きられる場所なんてないと思うのに、なんでそんなに外に出てみたかったのかちょっと不思議に思う。
 人に言われるまでもなく髪を黒くして、人に言われるまでもなく寒い季節のスカートは長くしている私たちからすれば、何を意固地に金髪やミニスカにこだわっていたのか、という感じなのだが、それはすでにその檻から強制的に追い出された私たちの、ある意味贅沢な悩みなのだと思う。

 檻から出たところで別に自分が誰か別の人間になれるわけでも、楽園のような自由な場所に行けるわけでもないし、むしろ檻から出て初めて檻の魅力に気付いたり、檻の中のルールが破るに値しないようなことだというのはわかっている。それでも私たちは、私たちを守りながら縛り付ける何かから、脱出したいと常に思ってしまう生き物らしい。それはもちろん、自分に価値を与え、社会の中で生きる場所と生きるためのお金や立場を与えてくれる、会社のようなものであっても。

 ひとくちに企業と言っても、日本企業もあれば外資系もあるし、大企業も中小企業もベンチャー企業もある。研究職と営業職では、商社とマスコミでは、経理部門と技術部門では、業務内容も全然違う。在宅勤務OKの職種もあれば、産後は時短で働く人もいるし、一般職や地域総合職などで活躍する女もいる。それでも、会社にいるという一点において何かしらは共通していて、それは中から見るとまるでつまらない檻のように見えて、外から見ると強大な力のように見える類のものなのだろうと思う。実際、業務内容や給与の内容などにかかわらず、外に出てみたいと一度も思ったことがない人は少ない。

  彼女が今の会社に入ったのは、大学を出て2年間別の企業で働いた後だった。中学から大学までは私立のほぼエスカレーター制で受験の苦労なく進めたものの、今の時代に特別就職で有利になる名門大学ではなかったため、就活には結構苦労した。ゴルフサークルに気まぐれで参加していたものの、エントリーシートに書けるほど熱心に取り組んだ活動はなかったし、留学経験や語学力もなかった。

 垢抜けた雰囲気とそれなりに化粧映えする顔で、高校時代は結構モテていたし、クラスで「可愛い子」に常連で名前が上がっていたが、大学に入り、周囲が垢抜けて化粧映えしだすと、存在感は薄くなり、顔面偏差値で企業に就職できるほど目立った美人でないこともわかってきた。それでも品川区の実家から中高大と同じ学校に通った彼女は女友達も男友達も多かったし、高校の頃ほど目立っていなくとも結構いい物件と言える彼氏も何人かいたし、大学時代は普通に楽しく過ごした。

「挫折って言うほどじゃないけど、就活は結構鬼門だった。途中まで5社以上連敗で、もしかして本当にどこも入れないってことあるのかもなって。マスコミも一般企業も知ってる会社しか受けてなかったけど、途中からさすがにやばいってなって、急いでエントリーできるとこ出して。究極、思い通りにならないことってそれまであんまりなかったから、衝撃はあった。とりあえず内定取れればそれでいい、って思うくらい焦ってた」

 就活が終わる時期に彼女は、ゼネコン1社と不動産仲介会社1社、それから食品メーカーの子会社1社の内定をもらっており、いろいろリサーチしたあげく、不動産会社に就職を決めた。少なくともその3社の中では多少知名度があったし、何よりゼネコンや食品メーカーという響きが気に入らず、不動産会社はまだ彼女の好みに合ったという理由らしい。

 果たして、結構苦労して入った会社は思いの外厳しかった。自転車で営業活動をさせられたり、当たり前のように週休一日だったり、ボーナスが10万円ちょっとしか出なかったり。 同期入社の社員の中には試用期間である半年以内にリタイアするものも多く、彼女自身も1 年目ですでに転職サイトに登録するなど、早く会社を抜け出そうとした。

条件がよくても、会社にい続けるのはイヤ

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自分が選んだ道なのに、いつも他人がしあわせに見えるのはなぜ? 恋愛、結婚、キャリア、子作り、不倫……。同じ土俵にA子とB美を並べてみれば、それぞれの思惑と事情と価値観が、浮き彫りになって見えてくる。女たちのリアルな本音対決、あなたはど...もっと読む

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Suzumixxx すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃないの試し読み、今週は色んな檻から抜け出そうとする習性の友人について。尾崎豊聴きながら読んでください。 https://t.co/crE8s10m0P 7ヶ月前 replyretweetfavorite