渋沢との生活でユウカは籠の中の鳥のようだった。
外に出かける時は、必ず報告をしないといけなかったし、彼の機嫌を損ねないように毎日を気を使いながら生活していた。
最初は、ユウカのことを愛しているあまり、束縛気味に接してくると思ったけれど、だんだんと「自分の生活スタイルが乱れるのが嫌だから」、ユウカを管理下においていることがわかってきた。
それでも、ユウカは良いと思った。
愛情の表現の仕方なんて、人それぞれだし、実家とも家族とも離れて暮らしている渋沢にとっては、一人でいる寂しさもあるに違いない。
私がそばにいて、彼を支えるんだ、って思った。
時折、乱暴ともいえる性の欲求に対しても、ユウカは従順に応えていた。
セツ子に対してもそんな一面を見せていたとは思えないし、素で渋沢が向き合えるのは私だけなんだ、と、渋沢に叱責されるたびにユウカは思っていた。
「渋くんのこじらせた心を治せるのは、私しかいない」
一緒に暮らし始めて2か月が経ったころ、ユウカは自分の妊娠を告げた。
その時まで黙っていたのは、渋沢の反応がわからなかったからだ。
喜ぶのか、面倒に思うのか、それを告げた時の彼の反応で、ユウカは今後を見極めようとしていた。
世の中の未婚の女性はすべてそうかもしれない。
頭の中でいろんな選択肢を思い浮かべながら、相手の男性にそれを伝える。
彼が喜んでくれれば、自分も嬉しいし、戸惑いの表情を浮かべれば、同じように自分も戸惑ってしまう。別の意味で。
「渋くん、わたし、妊娠したかもしれない」
「おめでとう」
渋沢は顔色ひとつ変えずに、即座に答えた。
それが、どんなことを意味しているのか、ユウカにはわからなかった。
そして、渋沢は「おめでとう」と伝えたきり、自分の仕事に戻っていった。
ユウカはたまらず、
「渋くん、私たちの子どもなんだよ。どうするの?」
「どうするって何? 産みたければ産んでもいいし、産みたくなければ、おろせばいいんじゃない。それはユウカの自由だよ」
自由にさせてあげてる風だけど、まるで無責任な態度に、これまで渋沢に対して従順に接してきたユウカも、自分の思いをぶつけた。
「じゃあ、私が産みたいって言ったら、結婚してくれるの?」
「結婚と出産は別物だろう。なんで、そういう話になるの?」
普通に考えたらそういう話になるだろう、今までのユウカだったら啖呵をきっていたところだが、今のユウカは自然と押し黙った。
分からず屋のユウカが自然と分かり屋になったのは、正直なところ、渋沢以外にいまの自分を受け入れてくれる所がないと思ったからかもしれない。
渋沢の家に移ってきて以来、携帯電話で他の人に連絡をするのも憚られて、親友のアキにも相談できなかったし、ましてセツ子の所には、戻れなかった。
渋沢も別に怒っているわけじゃなさそうなので、これ以上こじれる前にユウカはソファに腰掛けて、渋沢に寄り添った。
「なぁ、妊娠してるんなら、中出ししてもいいんじゃない?」
渋沢からの思いやりのない言葉に、ユウカは唯々諾々と従うしかなかった。
実のところ、渋沢の性欲は異常だった。 盛りのついたサルのようにユウカを朝も晩も妊娠前も妊娠後も求めた。
どうしても気分が悪い時は、「お願い、口でするから許して」と言って、自ら口で奉仕をした。
ある時、どうしてもつわりがひどく、口でフェラチオをしていた時、嘔吐感が出てしまって、咳こんでしまった時のこと、
「そんなに、気持ち悪いなら、もうおろしちゃえば」
と事も無げに言われたことはショックだった。
二人の子どもなのに……。
「なんだよ、その眼は。文句あるなら出てってもいいよ。どこにも行く当てがないから俺のところに転がり込んできたんだろう。三食昼寝付きの癖にいい気なもんだよ、ほんとに」
「そんな……私だって、いろいろしてるじゃない」
「色々ってなに? 洗濯だって洗濯機でやってるし、掃除だってルンバがやってる、食事だって俺が作った方がうまい。俺は、お前に仕事をあげてるの。セックスだって立派な仕事だろう。仕事ならちゃんとやれよ。 妊娠したからってさぼるなよ」
「私は渋くんが好きで、ここに来たのに……」
「そんな見え透いた嘘をいうなよ。お前も俺の金目当てで来たんだろう? 二言目には結婚、結婚いってくるけど、結婚したら俺に何かメリットがあるわけ?」
「……うっ」
ユウカは渋沢との言い争いで込み上げてきたものを吐き出すため、トイレに駆け込んだ。
便器を抱いて、少し落ち着く。
「わたし、なにしてるんだろう……」
リビングに戻ると、渋沢はさっさと仕事に戻っていた。
ユウカは、こっそりと自分の荷物の位置を確認した。 もともと、そんなに荷物は多くない。 下着とか、服とかは置いていくことになるだろう。
いつもの服、いつものサンダルでユウカは渋沢の家を飛び出した。
ここにいると、たぶん私は私じゃなくなる。
<イラスト:ハセガワシオリ>
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