左:李琴峰さん 右:牧村朝子さん
牧村朝子(以下、朝子) さあ。群像新人賞受賞、芥川賞・野間文芸新人賞候補。今をときめく作家、李琴峰(り・ことみ)さんでいらっしゃいますけれども。
李琴峰(以下、琴峰) ときめいてない~。生活苦しいです!
朝子 生活苦しいの~!? そんな。じゃあ、この対談を通してさらに本を売っていきましょ! よろしくお願いしま~す。(出版社の担当者二名に向き直り)みんなでおしゃべりしましょ。
漢文と現代文が交差する
朝子 さて、『五つ数えれば三日月は』という、こちらの作品なんですけど。
『五つ数えれば三日月が』 李琴峰(文藝春秋)
琴峰 まきむぅ※、これ読んでどう思った?
※ 牧村朝子の愛称
朝子 そうねえ。短く言うと、「言語と言語の境を両側から優しく揺らした作品」って思いましたね。日本語も、主人公が想いを込める漢詩も、主人公のおじいちゃんの台湾語も混ざり合って。日本語だけじゃなく、中国語版も読むともっと味わえるんだろうなと思いました。それこそ、上弦の月と下弦の月みたいな。
琴峰 ありがとうございます。この作品は中国語版存在しないからね。日本語で書いたものだから。
朝子 そうなの? でも、やるでしょ。
琴峰 台湾の方で出したいっていう出版社がまだないので。
朝子 お待ちしてまーす!
琴峰 ただ確かにね、この作品、日本語も中国語も読める人が読むのと、日本語しか読めない人が読むのとでは、感覚が違うと思うんですよ。この小説の中で出てくる漢詩も、そのまま読むのと、書き下し文や日本語訳を読むのとでは、感じ方が違うと思う。日本語訳の部分は、日本語の読者に配慮して、故事の解釈も入れたんですけどね。
朝子 その故事を知らない人にも、「これはこういう話でね」、ってことを、説明臭くならないように、やさしく書いてあるというかね。つまり、漢詩パートと書き下し文パートと、
琴峰 現代日本語訳パート。
朝子 と、分かれてるんですよね。
琴峰 そうそう。
朝子 これは、何を意図してそういうことをなさったんですか。
琴峰 面白いから。
朝子 シンプル!
琴峰 そういう作品って、日本であまりないじゃないですか。
朝子 「面白い」になりましたねえ。2つノミネートですよ。芥川賞と野間文芸新人賞。
琴峰 そうそう。
朝子 このへんの話は、わたしも含め、文芸を志している人は夢を見ちゃうと思うので、後で詳しく聞きたいんですけど。もうちょっと……この作品の、現代文と漢文を行き来するような表現形式のことを聞きたいんですよね。
台湾語の中の日本語
朝子 作品に登場する三つの言語……呼び方が難しいんだよね。「台湾語・繁体中国語・日本語」で、いいですかねえ。これらの言語は、それぞれ別の言語とされているけれども。実は、共通する言葉があったりとか、そんなにキッパリとは分かれていないでしょ。
「リン・ロン・ム・ザイ! リッブンラン・アイ・ジャ・ごぼう・ガ・ふき・ラ!」
ある休日の夕食の食卓で、義祖父は大陸妹 を突きながら、突然そう言い放った。一家は顔を見合わせながら、誰も義祖父の言わんとすることが理解できなかった。実桜は台湾語が分からなかった。他の人は、義祖父が「お前らは知らないんだよ! 日本人はゴボウとフキを食べるのが好きなんだ」と言っているのは分かるが、肝心な「ゴボウ」と「フキ」は何のことかよく分からなかった。
——『五つ数えれば三日月が』文藝春秋刊、58ページ
琴峰 北京語に似ている繁体中国語と、台湾閩南語とは、違う言語なのか、同じ言語の方言なのか。というのは、議論の余地があるんだけれども。私は、基本的には違う言語だと思っています。台湾語・中国語・日本語は、三つの違う言語。で、今言った「ゴボウ」とか「フキ」とかは日本語で、中国語・台湾語では通じないんですよ。
朝子 あ、台湾語でも通じないんだ。
琴峰 そう。「ゴボウ」とか「フキ」は、中国語に翻訳すると、そんなに馴染みのある植物じゃないんですよ。日本統治時代を生きた人にとっては、日本語で言うのがしっくりくる感じ。だから、台湾語で話しているけれども、ゴボウとかフキという単語は日本語で言ってしまう。周りの人は、台湾語はわかるんだけれども、日本語はわからない。というような状況ですね。
朝子 なるほどね。台湾語でも「ゴボウ」「フキ」っていうんだと思い込んじゃってた。
琴峰 言わない言わない。台湾語にも、日本語由来の単語はたくさんあるんだけれども。
朝子 日本統治時代に台湾語へ入った日本語、ってことですよね。
琴峰 「オートバイ」とかね。
朝子 「歐吉桑(おじさん)、歐巴桑(おばさん)」もそうでしょう。「運將(うんちゃん=運転手)」とか。
琴峰 あと、オノマトペの「あっさり」とか、日本語から台湾語に入っていって、独自の変化が遂げられたみたいなこともあったりする。
朝子 どう変わったんですか?
琴峰 あっさりっていうのは、元々味覚について言うでしょう。これが、「クヨクヨ考えずおおらかであること」という意味になった。
朝子 味覚じゃなくて、性格についての言葉になったのね。
琴峰 そうそう。
朝子 台湾語で例文にするとどうなりますか。
琴峰 「ケチくさいことをしないで、あっさりしなさいよ~」とか。
朝子 台湾語で発音してみると?
琴峰 ちょっと考えるね……「リ・ヅォラン・ディオアイカ・あっさり・エ」かな。台湾語はあまりしゃべれない(笑)
朝子 え~! 今、「あっさり」って聞こえた~! なんか嬉しい。でも台湾語は、日本が台湾に統治されることによって……いわば日本語を強制されることによって日本語と混じり合った面もあるから、それを考えると寂しいと言うか、申し訳ない気持ちにもなるんですけど。ただ、日本統治時代よりも前から混じり合っていた言葉の例も、中にはあるんですよね。
国境ではなく、ただ、海を越え
朝子 例えば……初めて琴峰さんにお会いした時にも申し上げたと思うんですけど、わたし、奄美諸島を旅したことがあったんですよね。で、奄美の歴史民俗資料館に行ったら、お魚を入れておく入れ物が展示されていて。その入れ物を、奄美の島の言葉で「イューダル」って言ったの。「イュー」って……
琴峰 ああ~!
朝子 そう! そうでしょ。中国語でも、魚のことを「イュー」っていうでしょ。
琴峰 中国語由来の言葉が、琉球に入って行った感じですかね。
朝子 で、奄美諸島に届いたと。台湾の島を経由してはいないのかな。
琴峰 えーっと……どうだろうね。島を経由しているかどうかはわからない。
朝子 とにかくそれぞれの、今の日本語で日本・台湾・中国と呼ばれるそれぞれの国家が成立する前から、人の行き来があったわけで。人の行き来があるところには、言葉のやり取りがあるわけで。残念ながらというか、日本統治という、一方が一方に強いる形になったりもしたけれども、それよりも前から共通している言葉はあったんだと思うと、すごく面白かったんだよね。面白かったし、「日本文学」とか、「台湾文学」とか、「中国文学」ってなんなんだろうって話にもなってくるじゃない。
琴峰 うんうん。だから、「これは日本文学なのか台湾文学なのか」みたいな話も面白いだろうし。実際、(『五つ数えれば三日月が』の前に刊行された)『独り舞』(講談社)って作品はね、私自身の訳で台湾で中国語版が出たんだけれども、これをどの区分にするか、台湾文学なのか中国語文学なのか翻訳文学なのか、というのは、売る人たちが悩んでたらしい。
朝子 そこを揺るがそうという意図は、一人の文学者として、琴峰さんにはあったんですか。
琴峰 いやあ。そういう意図があって、というわけではない。私という存在が小説を書くと、自然とそうなるって感じかな。
(中編に続く)
中編「カタカナを持たない中国語は、『LGBT』をどう訳したか」は12/28(土)公開予定。
撮影:佐藤亘(文藝春秋)※魚樽の写真のみ牧村朝子撮影