年収4桁あったって、会社にい続けるのは憂うつ

「このまま一生、会社にいるのかな」。産休育休を2回取り、勤続10年の特別休暇もまるまる2週間使った。「女性にも活躍してもらわなきゃ」と妙に物分かりのいい上司の元、居場所はそれなりに確保されているが、出世できるわけでも、したいわけでもない。一見恵まれているように見えるA子の深い悩みとは? 鈴木涼美『すべてを手にいれたってしあわせなわけじゃない』から特別連載。

産休育休2回、自宅勤務、時短勤務もフル活用

産休中にボーナス150万とかぽんっと振り込まれてるとさ、さすがに、いいんですかねぇ、悪いですねぇ、こんな楽させてもらっちゃって、って気分にはなるけど」

 と、彼女が笑っていたのはもうすでに7年前だ。
 その後、二回目の育休も経て、昨年、上の娘はやっと小学校に上がった。下の息子がぜんそく持ちで、まだ3歳であるため、現在まで一部自宅勤務や時短勤務などを併用しながらだが、勤続年数は10年を超えた。

 彼女の勤める会社には、勤続10年、20年、30年の節目に通常とは別の有休が与えられる制度があり、活用している人は実は少数だが、彼女は長女の夏休みに合わせて2週間の休みを取った。通常の夏休みと10年勤続休みを組み合わせたのだが、それほど長い休みを取った事例は社内広しといえどもほとんどなかった。

「小学校上がって、まだまだ子供だけど、やっぱりちょっとずつ、誰々ちゃんと遊びたいとか、どこ行きたいとか、なんか習いたいとかいう意志は出てくる。完全に親の勝手で家族旅行に行けるのってあと何回だろう、とか思うと、休み取ってない人もいて悪いな、とか考えてるのがアホらしいと思って、まるまる12泊でハワイ行った。行き先はどこでもよかったんだけど子供いるから楽で安全なところ」

 別に、産休を何度取ろうと、優秀でそつのない彼女の会社での居場所が失われることはなかったし、ダブルインカム前提では、時短で働こうが休職しようが経済的に追い詰められることもない。もともと167センチの長身にスリムだが女性らしい体つきの彼女を、一目見て気に入らない男性上司というのはあまりいなくて、彼女は自分のわがままがある程度とおる職場環境を作れた。それを自覚しているのもまた彼女の強みで、無視や嫌がらせには発展しない、もっとずっとさりげない女性社員からの負の視線は、無視する術を獲得済みだった。

 彼女の旦那は、長女が小学校に上がる直前に、数年勤めた外資系の保険会社を退職し、自分の会社を立ち上げた。今のところ業績は悪くない。そもそも二人とも高給取りで、両方の実家が都内にある夫婦の経済状況はすこぶる理想的で、JR中央線沿いに借りた中古マンションの住民の中でもかなりリッチな部類に入る。それでも、以前に比べて将来が不透明になったことで、彼女はやや気が重そうである。

  旦那と知り合ったのは、彼女がまだ早稲田の学生だった頃だ。3つ年上の彼は当時は日本系の証券会社におり、同じチアチームの友人に誘われて行った合コン的飲み会で出会って、最初は別に興味も持てなかったが、連絡を取っているうちに地元がわりと近かったり、マイケル・ジャクソンが好きだったり、思っていたより庶民的なご飯が好きだったりと共通点が多いことが判明し、数回ご飯に行って、流れるままに付き合うことになった。付き合うよりも初エッチの方が先だったが、それはまだ特に結婚市場などを気にする年齢ではなかった彼女には結構どうでもいいことだった。

 彼女自身も、大手広告代理店に内定がすでに決まっており、別に結婚を急ぐ理由もなかったが、彼の方が思いの外真剣で、できれば彼女が社会人となり、急に出会いや人間関係が大幅に広がり、業界に染まり、彼への気持ちが萎えてゆく前に、せめて親公認の婚約状況まで持って行こうと必死に口説かれた。彼女の親が、饒舌な彼をいたく気に入ったこともあって、就職して最初の夏休みに挙式をあげることになった。

「会社からすれば、金かけて採用して研修やって、いきなり結婚とかなめ腐ってるって言うか、相当嫌な社員だよね。でも、だから1年間は少なくとも子供は作らないようにしようって話はした。タイミングって怖いよ。今だったら、別に結婚してない気がする。30とかで彼と独身同士で出会ってたら。当時は若いし、周りで一番乗りっていうのがわりとよくて、なんかノリでしちゃった」

 籍を入れて、芝公園近くにあった彼の家で取り急ぎ同居を始めたところで、実家から通うよりも通勤が楽になった以外の仕事への影響は特になく、「新人は忙しいし、家事は気にしないで」という彼の言葉を信じて彼女は順調に期待の新人としての仕事をこなし、入社当初からの希望の職種で、忙しい社会人生活を送り始めた。入社していきなり結婚した負い目もあって、普段あまりあつくなることがない彼女も、それなりにあつくなって仕事をしたら、面白いように結果がついてきた。

 ただ、いざ妊娠をして、産休を取り、育休を取り、復帰してみるとだいぶ景色は変わって見えた。そもそも子供がいる、というだけで、なぜか敵視してくるクラスタの女性社員がいることも、結果が出ているのに査定に反映されないということも、その時になって初めて気付く。

結果出しても評価はされない。子持ち女性のこれが現実

「別に、入社した時どころか、就活中から、広告の賞が欲しいとか心に残るCM作りたいとか出世したいとか尊敬されたいとか、なかった。だから別に、結局日本企業で女が出世とか非現実的でしょっていうのが改めてわかっても、それはまぁ別に大したことじゃなくて。
 でも、仕事してたら結構真面目にやっちゃう方だし、うちの会社にしては結婚出産が異様に早かったっていうのもあって、あんまり舐めちゃ悪いから余計に、休日返上でやったり、時短勤務なのに他の人より遅くまでいたり。それなのに査定が低いとか、それはどうなの、ってなるよ。それで、実家の母親にお迎えとか相当頼まざるを得なかったけど、頼めば頼んだで、やっぱり実家近いの超得だよね~とか言って、唯一味方の子供いる先輩とかにまでマウントされる」

 会社の扱いにやや不満はあっても、この貧困の時代に彼女の会社の条件は明らかに勝ち組要素が満載である。ブツブツ不満を言いながらも、仕事はきちんとこなし、変なやっかみはスルーし、給料が保育園、ベビーシッター、家事代行に消えようと、熱が38度あるのにイベントの現場でインカムをつけて働かなければならない状況に陥ろうと、それほど腐らずに会社に残った。

「二人目産んですぐは、もう会社辞めようかな、と思ったけど、そのタイミングで旦那が辞めて、さすがに二人でいっぺんに辞めるのはリスキーじゃん。それで、旦那の会社が走り出したら、と思ってたけど、今度は上司変わって、結構いい人になって、今辞めると彼の評価がマイナスになるだろうし、申し訳なくて、そうこう言ってるうちに、部下増えて責任増えて辞めづらいポジションになってた

 正直、会社を辞めたところで、ベビーシッターや家事代行の利用を止めれば、家計に影響などほとんどない。むしろ、実家からの子供への援助や旦那の稼ぎを考えれば、会社を辞めてなお家事代行などを利用したとしても十分豊かに暮らせる。そう思ってここ数年は、休暇をしっかり取ったり、無理な仕事を断ったりしていたのだが、思いの外、「時代に合わせて成功した子持ちの女性」の実績が欲しい会社が理解を示し、彼女のために制度までやや見直されるなど、どんどん居場所が確保されてしまった。

 10年休暇をフルに取得したのも、彼女的には2週間休んでみて、会社を辞めることについて考えるつもりがあってのことだったのだが、会社の方はそんな気持ちを知ってか知らずか「良いリフレッシュしてこれてよかった! これからも応援するから頑張って!」といやに前向きに彼女を受け入れてくれる。

「正直、お金に困ってないと、なんで働いてるんだろう、せめてフリーランスとか家庭を大事にできる形態にすればいいのに、どうせ女性を本気で出世させようとか思ってない会社に長くいたところで、社長になるわけじゃないんだから、とかいろいろ考えてしまうよ。かと言って、じゃあ辞めるって言えば会社は、負担になってるところはこっちで改善するからこのままこの会社にいてね、っていう感じで、さすがに今まで良くしてもらった恩もあって辞めづらい。いっそ旦那が転勤とかになってくれれば辞められたけど、今は自分の会社だから転勤とかないし。辞め時完全に逃して、このまま一生会社にいるのか、って最近思うよ。男の人はそれある意味当たり前と思ってやってるだろうけど、ここからまた20年とか、一つの会社にいていいのかな」

 彼女自身は、ものすごく強い目的意識があって企業に残っているわけでもないらしいが、とりあえず、会社というのは、真綿でできた鉄の檻であることは、なんとなく彼女の言葉から聞き取れるような気もした。

『すべてを手に入れたって しあわせなわけじゃない』
鈴木涼美



女の人生の裏と表。生き抜くヒントが見つかる痛快エッセイ! 

この連載について

A子とB美、どっちが幸せ?

鈴木涼美

自分が選んだ道なのに、いつも他人がしあわせに見えるのはなぜ? 恋愛、結婚、キャリア、子作り、不倫……。同じ土俵にA子とB美を並べてみれば、それぞれの思惑と事情と価値観が、浮き彫りになって見えてくる。女たちのリアルな本音対決、あなたはど...もっと読む

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コメント

kawa_imo これ、書いてる人の方に興味あるな。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

g5m2y5s2 会社というのは、真綿でできた鉄の檻 言い当て妙 3ヶ月前 replyretweetfavorite

gekijoutheme #スマートニュース 4ヶ月前 replyretweetfavorite

ayay0929 なんかこういうのって読んでるだけでため息が出る。 だから私は女性こそビジネスをやった方がいいと思ってる。 自分のキャリアで周りに申し訳ないという起点がそもそも要らないの。周りに申し訳無くても自分が幸せじゃないと意味ないの。 https://t.co/rF6cyMNSQt 4ヶ月前 replyretweetfavorite