《自分の理解に関心を持つ》ための一冊!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
高校にて
テトラ「……」
僕「……?」
テトラ「はあ……」
僕「どうしたの、テトラちゃん」
テトラ「ユーリちゃんってすごいですねえ。ニュートンの運動方程式もこなしちゃうんですから」
僕「ああ、それで感心してたの」
ここは、僕の高校の図書室。 いまは放課後。
僕は後輩のテトラちゃんとおしゃべりをしている。
いとこのユーリと先日話していたことについて、あれこれ解説していた。
ボールを投げたときのようすを力学的に考えるという話題だ(第274回参照)。
テトラ「いえ、ユーリちゃんのことだけじゃありません。『ボールを投げると放物線を描いて飛ぶ』ということ、あたしは知識としては知っています。 でも、それをきちんと数学的に表現できるというところに改めて感動していたんです」
僕「そうだよね。それは確かに不思議なこと」
テトラ「はい。あたしは先輩から以前教えていただいた《数式はメッセージ》についても思い出していました(『数学ガール/乱択アルゴリズム』参照)」
僕「なるほど。ニュートンの運動方程式はニュートンからのメッセージともいえるね。時代を越えて僕たちに伝わるメッセージだ」
テトラ「はい……でも、それだけじゃありません。ニュートンさんは運動方程式を発見したかもしれませんが、 それはもとをたどれば、自然界からのメッセージですよね」
僕「おお」
テトラ「といっても、自然界が直接数式を話すわけじゃないですけれど……」
僕「自然界の現象を通じて僕たちにメッセージが送られている……とテトラちゃんは言いたいんだね」
テトラ「はい……数式を知らないと、物理学を知らないと、現象を見るだけです。『ボールはこんな形を描いて飛ぶのだなあ』ということは見ればわかります。 でも『こんな形』が何であるか、どうしてそんな形になるのか……それは見るだけではわからないんです」
僕「そうだよね。それと似た話はユーリにも言ったことがあるよ。表現が定性的か定量的かという話(第274回参照)」
テトラ「なるほどです……ところで、先輩のお話を聞いていて、まだよくわからないところがあるんですけれど」
僕「ニュートンの運動方程式で?」
テトラ「は、はい……たぶん、そういうことになると思います」
僕「何だろう」
テトラちゃんの疑問
テトラ「先輩は、ボールが飛ぶ軌跡を調べるのに、ニュートンの運動方程式と万有引力の法則を持ってきました。 そして、ニュートンの運動方程式がベクトルであることから成分ごとに考えることにしました。 積分を使って軌跡を求めました……そういうことですよね?」
僕「うん、その通りだよ」
テトラ「あたしがわからないのは、どこまでが物理学でどこからが数学かという点です」
僕「うーん……というと?」
テトラ「ボールが飛ぶようすを考えるのは物理学のお話のように感じます。でも、いつのまにかベクトルや積分のような数学のお話になっていました。 その境目があたしにはよくわからないんです」
僕「なるほどね」
テトラ「それと同時に、ぼんやりした疑問として『そこで積分をしていいの?』とも思いました」
僕「へえ」
テトラ「これは先ほどの《数式はメッセージ》というのにも関係しているんですが、ボールがどういう軌跡を描くかというのは『この世』の話じゃないですか」
僕「この世」
テトラ「この自然界……あたしたちの宇宙の話です。でも、数学はこの自然界に縛られるものじゃないですよね。 なので『そこで積分をしていいの?』と思ったんです。 『どうしてそこで積分が出てくるの?』でもいいです……あたし、説明へたですね」
僕「いやいや、たぶんテトラちゃんの疑問はわかったと思う。僕が思うには、ニュートンの運動方程式は物理学だと思う」
テトラ「はい」
僕「もう少し正確に言うと、ニュートンの運動方程式は《物理学的な現象》を表しているということ。でも、ニュートンの運動方程式はその《物理学的な現象》を《数学的な表現》で表している。 つまり、数式だね。それがニュートンの運動方程式なんだ」
テトラ「はい……はい!」
僕「数学は数学で、数学的対象を研究している。実数や関数や微分などだよ。 そしてその数学的対象をどんな数式で表して、 どのような数式の変形が妥当なのかについても研究する」
テトラ「……」
僕「物理学的な現象を数式で表すというのは、《物理学の世界》から《数学の世界》に橋を架けることなんだ」
テトラ「あっ、《二つの世界》の話ですねっ!」
僕「そうだね。そして、その橋を渡っていったん《数学の世界》に移ることができたなら、《数学の世界》の式変形や、さまざまな概念の助けを借りることができる。 最後に橋を戻ってくれば、《数学の世界》で得られた結果を《物理学の世界》に持ち帰ることができる!」
テトラ「はい……よくわかります。あたしたちはいままで、いろんな《二つの世界》を体験してきましたから」
僕「ニュートンの運動方程式は、ベクトルと微分を使って表されている。それが橋になっているんだね。そして、積分した結果、時刻$t$における質点の位置がわかる……というのは、《物理学の世界》に結果を持ち帰って得られた果実なんだ」
テトラ「なるほどです。あたしの疑問は解消しました。『どうしてそこで積分が出てくるの?』という疑問についても解消です」
僕「それはよかった」
テトラ「あたしは少し誤解していました。ニュートンの運動方程式を式変形していて、その式変形の途中のどこかで物理学から数学に移ると思っていました。 そうじゃなくて、ニュートンの運動方程式自体が《橋》なのですね」
僕「うん、僕はそう思うよ」
テトラ「ニュートンの運動方程式を、ベクトルと微分を使って書いたという時点で、ものすごいことが達成されているのだと理解しました。 だって、ベクトルが持っている性質や、微分が持っている性質を何でも使ってかまわないと主張しているんですから!」
僕「そうそう。そして、その一つとして《積分》があるわけだ」
テトラ「ですねっ! 物理的な位置を求めるために、数学の積分を使うわけですね」
僕「そういうこと」
対称性の疑問
テトラ「ところで、レベルががらっと変わる質問なんですけれど、放物線というのは、左右対称になりますよね」
僕「まあ、そうだね。線対称の軸がある」
テトラ「ボールを投げたとき、こんなふうに左右対称になるわけですよね」
ボールを投げたときの放物線
僕「うん、それが質問?」
テトラ「あのですね、すごく初歩的な質問なのかもしれませんけれど、強く投げたときでも、弱く投げたときでも、左右対称になるというのが、実はあたしの直感には反しているんです。 放物線になるのはいいとして、強く投げたときには、その分だけ放物線が傾くのではないのかしら……と」
ボールを強く投げたら傾かないのか?
この連載について
数学ガールの秘密ノート
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