その道一筋の職人が女性弟子を迎える姿勢に思うこと

いま、「おっさん」はどこへ行くべきなのか? 時代に合わせて生まれつつある「あたらしいおっさん=ニュー・ダッド」たちの姿を見つめながら、これからの「父性」「男性性」を軽やかに考えるエッセイ連載第4回。「男らしさ」が「伝統」になっているフィールドに女性が参入する機会も少なくない今日この頃。ニューヨークのとあるギター工房をヒントに、後継者をフラットに受け入れる姿勢について考えます。

イラスト:澁谷玲子

新「007」騒動で浮かんだ悪しき「伝統」

新「007」にシリーズ初の黒人女性!—そんな見出しのニュース記事が、SNSを中心に物議を醸した。どうもそのリアクションを観察していると、少なくない中年男性たち—「おっさん」たち—がとくに反応しているように見受けられる。

これはさすがに違和感ある」、「ジェームズ・ボンドまでポリコレか」……。その、ややヒステリックな反応を見てみると、どうやら彼らの多くは代々白人男性(おっさん)が演じてきたジェームズ・ボンド役が、黒人女性のものになると勘違いしているようだった。

実際はそうではなく、現ボンドであるダニエル・クレイグの最終作となることが決まっている次の『007』シリーズの『ノー・タイム・トゥ・ダイ』において、ボンドが去ったあとにコードネームである「007」を引き継いだのが黒人女性だった、という設定になるということらしい。

演じるのはMCU作品初の女性ヒーローが主人公の作品『キャプテン・マーベル』に出演していたラシャーナ・リンチで、かつては添えものに過ぎなかった「ボンド・ガール」とはまったく異なる活躍を見せてくれるのだろう(ちなみに現在は「ボンド・ガール」という呼称自体、性差別的だとして現場では使われていないそうだ)。だが、あくまで主役はクレイグだ。

勘違いしてしまった理由は、近年ハリウッドを中心とする欧米の映画業界における、黒人やアジア人やラテン系などの非白人、女性、LGBTといったマイノリティのキャラクターを増やそうとする傾向に対する脊髄反射的な反動、もしくは嫌悪感が中心だろう。ジェームズ・ボンドという「男の粋」を代表してきたキャラクターまで、そんなことをわかっちゃいないマイノリティの「特権」に奪われるのか……と。

ただ僕が思ったのは、そういうことを言うひとたちは、クレイグになってからの『007』を観ていないんじゃないかということだった。クレイグ版としての初作である2006年の『007/カジノ・ロワイヤル』からシリーズはタフ&シリアス路線に舵を切っており、キザなことを言ってチャラチャラと女を抱きまくるような、かつてのイメージとは大きく異なっている。ヒロイン的な位置づけの女性キャラクターは出てくるものの彼女たちは強い意思を持った人物として描かれており、また、参謀的な活躍を見せるシリーズ伝統のキャラクター「Q」も、ゲイをカミングアウトしているベン・ウィショーが演じている。とっくに内実は変わっていたのである。

それでも「007」は白人男性でないといけない、というのは、ある種の伝統芸能を守れという主張なのだろうか。僕などは「時代も変わってきたんだから、次は黒人女性がやるのもいいんじゃない?」とわりと気軽に思うほうだが、もちろんそんな単純な問題ではなく、これまできわめて男性的なフィールドで受容されていた文化(古き良き「男らしさ」!)に女性が参入することへの忌避感が根っこにあるのだろう。いま、様々な場所で起こっていることである。そういう意味では、変わりゆく時代のなかで、ジェームズ・ボンドは保守的なおっさんたちが守りたい最後の砦なのかもしれない。

変わりゆく時代を映すNYのギター工房

そんなことをモヤモヤと考えていたとき、こうした問題においてニュー・ダッドと呼べるおじさんを、とあるドキュメンタリー映画のなかに発見したのだった。『カーマイン・ストリート・ギター』といって、ニューヨークに実在する同名のギター・ショップの日常を描いたものである。

「カーマイン・ストリート・ギター」は1970年代後半からグリニッジ・ヴィレッジで出店しており、店主でギター職人のリック・ケリーによる手作りのギターで知られる老舗だ。また、木材にはニューヨークの建築物の廃材を使っているのも特徴で、要は、彼が作るギターにはニューヨークの街の文化的遺産が宿っているのである。そんな職人魂の最高峰のような店なので、数多くのミュージシャンたちから愛され続けているという。かつてはボブ・ディランルー・リードも訪れたそうだし、錚々たるギタリストのほか、映画監督のジム・ジャームッシュまでふらっとやって来る。

映画では、リックが彼らと交流しつつも、たんたんと木材を集めながらギターを作り続ける姿が描かれている。彼はいかにも実直そうなギター職人で、セレブの知り合いが多い人間にありがちなチャラさや傲慢さもなく、ただただギター作りが好きなんだろうなあ……と思わせる素朴さがある。彼の人柄が愛されている部分もきっと大きい。

クラシックなロックを愛するおじさんたちが反応したことからもわかるように、この映画はある種の「古き良きもの」を映し出しているのだろう。再開発によってニューヨークの街が変わりつつあることにもさりげなく触れられていて、こうした老舗の小さな店、ひいてはインディペンデントなカルチャーが失われつつあることを仄めかしてもいる。ロック自体、歴史を重ねてきた分、新しいものとは言えなくなってきている。

そんな風にして変わりゆく時代をそれとなく差し出すこの映画において僕がとくに興味を引かれたのは、リックの弟子だという若い女性シンディ・ヒュレッジの存在である。なかなかパンキッシュな格好の彼女は大工だった父の影響で物作りに興味を持ち、あるときリックに弟子入りを志願したのだそうだ。それ以来ギター作りを教わり続け、手作りのギターを彼女自身も作っているという。インターネットのことをまったく知らないリックの代わりにインスタグラムに写真をアップするなど、ある種の疑似親子的な、微笑ましい光景も映されている。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん

木津毅

「おっさん=悪いもの、古いもの、いまの社会の悪しき土台を作ったもの」とされている今日この頃。ではいま、「おっさん」はどこへ行くべきなのか? 時代に合わせて生まれつつある「あたらしいおっさん=ニュー・ダッド」たちの姿を見つめながら、これ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

norimakisenbee3 俺は木津毅さんの最高連載「 22日前 replyretweetfavorite

BugsGroove 日本にも「スケコマシ」という罵倒語があるけど、金や権力ではなく自分の魅力だけで複数の女性と関係を持つボンドのような色男はマッチョな家父長社会にとって不快な存在であったはず。 https://t.co/hjEjrrQL2t 2ヶ月前 replyretweetfavorite

BugsGroove ジェイムズ・ボンドのようなプレイボーイのヒーローはフランス映画にはいても英語圏の映画には60年代になるまで存在しなかったんじゃないかな。旧来の家父長的な男らしさとは異なる新しいヒーロー像だった。ダニエル・クレイグのボンドは保守回帰。 https://t.co/hjEjrrQL2t 2ヶ月前 replyretweetfavorite

BugsGroove わたしの印象ではダニエル・クレイグの時代になってボンドのキャラクターは変わった(現代的になったのではなく、1950年代のハリウッドの暗い西部劇のヒーローみたいになった)が、ボンドガールのキャラクターは大して変わっていない。 https://t.co/hjEjrrQL2t 2ヶ月前 replyretweetfavorite