わがまま」批判はどこからくるの?

「わがまま」を言う人、社会運動をしてなにかを主張する人には、ときに批判が寄せられます。そんな空気のなかであえて「わがまま」を言うことには、どのような意味があるのでしょうか? 今回は「デモンストレーション(デモ)」への参加率・許容度の国際比較データをもとに、私たちが社会運動をどのように思っているのかを分析していきます。(『みんなの「わがまま」入門』より)(毎週水曜更新)

みなさん自身がモヤモヤしたとき、なんかこれっておかしいなと違和感を感じたとき、どうするでしょうか。たとえば校則が厳しく、グラウンドを休み時間に使うために申請書を出さないといけない学校があったら、その校則はおかしいと抗議するでしょうか。あるいは、自分の通っている高校は、あまり制服がかわいくないのでいろいろ工夫して着こなしたいが、それもダメだったりする。それを不満に感じているとき、あなたならどうしますか。

直接先生に抗議する、友だちと愚痴を言う、何もしない。いろいろな方法があると思います。

ここで確認しておきたいのですが、この本は、嫌だなと思ったときに、無理に行動してほしいと主張する本ではありません。現代の社会において何かを変えようと主張をすること、つまり「わがまま」を言うことはハードルがとても高いからです。

何かを主張をするための「わがまま」が「自己中」だと捉えられやすい状況になっている現代の社会で、「こんな不満を持っているのは私だけかもしれない」と考えて、何も言わないまま自分の不満を心に押し込めてしまうほうがよっぽど自然だと思いますし、「わがまま」を言ったからといってどのくらいの人が賛同してくれるかもわからないし、むやみやたらに目立つのもイヤでしょう。そのなかで「わがまま言えよ」というほうが、よほど問題だと思います。

私自身、社会運動の研究をしていますが、積極的に社会運動に参加しているわけではありません。体力にもお金にも限度があるわけで、違和感を抱いたことすべてに抗議していたら、なかなかたいへんなことになってしまいます。

ここから数回の連載では、それでも人々が社会運動をする—この本でいうところの「わがまま」をあえて言う—その意味を、社会運動へのよくあるバッシングから考えます。「なんでわざわざわがままを言うのか」についてじっくり考える時間、もっと言うと、わがままの価値や意義について考える時間ということですね。

なぜそんなまどろっこしいことをするかというと、今であっても将来であっても、みなさんが生きていくうえで社会や自分の所属している組織に違和感を持つときがあると思います。そのときに「必ず役に立つ!」というわけではないけれど、そうした考え方を知っておくことで自分しか抱えていないと思っていた苦しみを他の人と共有できたり、その苦しみがされたり、解決されることがあると思うからです。

同時に、他人が何か「わがまま」を言っているときに、たんに「迷惑だな」と思うのではなく、「ああ、こういう事情があるんだな」と考えてみてほしいという思いもあります。他人の「わがまま」に対する反応の仕方をすこし変える、というそれだけのことも、みなさんが「わがまま」を言いやすい環境をつくる方法のひとつです。

わがまま下手な日本人

「わがまま」の意義を考える前に、「わがまま」、つまり本書で言う権利や不満を主張することに対して、日本に住む人々がどのように反応しているのか、まずはデータを見てみましょう。

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みんなの「わがまま」入門

富永京子

「権利を主張する」は自己中? 言っても何も変わらない? デモや政治への違和感から、校則や仕事へのモヤモヤまで、意見を言い、行動することへの「抵抗感」を、社会学の研究をもとにひもといていく、中高生に向けた5つの講義。身近な「わがまま...もっと読む

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sayusha 【連載】『みんなの「わがまま」入門』の6回更新されました🍫今回から新章突入。「わがままは社会の処方箋」編がはじまります。社会運動は日本ではどう捉えられているのでしょうか? https://t.co/a9iboHBb6m 25日前 replyretweetfavorite