ユウカがセツ子を起こしにいくと、セツ子はちょうど目を覚ましたところだった。
時計をみると16時ちょうどだ。
「あら、ユウカさん、約束通り起こしに来てくれたのね。ありがとう。渋沢さんは?」
「さっき、帰りましたよ」
「あら、そうなの。ユウカさん、着替えたのね。あら? 首のところになんか……虫刺されかしら?」
「えっ」
自然とユウカの手は首を隠す形をとった。
「なんか赤く腫れてるわよ。あらら、ずいぶん大きく赤みが広がってるけど、痛くない?」
「……もしかしたら、どこかで刺されたのかも……」
ユウカはそう答えたが、その虫の正体が、さっきまでいた渋沢であることはわかっていた。
リビングで繰り広げた痴態が、セツ子に気づかれなかったことを確信して、ある意味ホッとした。
「じゃあ、そろそろ病院行こうかしらね。渋沢さん呼んだら来てくれるかしら」
このタイミングで渋沢の名前をだされてドキっとしたが、ユウカはすぐに切り返した。
「あ、渋沢さん今日納期の仕事があるって言ってました。タクシーで行きましょう」
数十分前まで、このリビングで渋沢とユウカは身体を重ね合わせていた。 2人で快楽の果実をむさぼりあうように、肉のひだ、身体の毛穴、恥ずかしいところも含めてさらけ出し合っていた。 普段、理知的な渋沢が、本能のままに動く姿をみて、ユウカはさらに興奮した。
(これからどんなに科学が発展して、すごいAIができたりしても、歌を歌ったり、運動したり、セックスしたり、そういう本能的なことから人間は離れられないんだ)
自らの動物的な行為を、そんな風に肯定できるくらいユウカの気持ちは高揚していた。
女は、行為後、セックスしたことを肯定的に考える。それも、おそらく本能的なものだ。
いま、ユウカの心から懐疑的なものは消えていた。
きっと私は大丈夫。私がセックスした相手に、間違いはない。
どんなに相手が怪しい人間だろうと、自分にとっては正しいはずだ、と考える。
タクシーは20分ほどで病院に到着した。
セツ子は受付に寄らず、そのまま晶のいる部屋へ直進した。
「あ、晶ちゃんのお母さんですよね」
後ろから呼びかけられセツ子とユウカが振り向くと、晶の担当看護師がいた。
「晶ちゃん、もう出産終わりましたよ」
「えっ!?!?」
セツ子とユウカの声が重なって、廊下に反響した。
ほんとなの? とまだ疑心をぬぐいきれずに看護師に連れられるまま分娩室に入ると、そこには赤ん坊はおらず晶だけが横たわっていた。
「晶ちゃん、もう出産終わったんだってね。ずいぶん、早かったんだね」
「うん、先生も最短記録だって。アソコがゆるかったからかな。私らしいね」
あ、ほんとうなんだ。 ただ、普通の女性なら出産後にこんな軽口叩く余裕もないだろうから、晶らしい発言がまた出産後を信じがたくさせた。
しかし、晶のお腹はへこんでいる。やっぱり出産後だ。