八
大隈は蘭学寮に通い、まじめに蘭語を学んでいた。でもそこは大隈である。耳学問で済ませられるものは済ませ、そうはいかないものだけを懸命に勉強したので、極めて効率よく知識を吸収していった。
そうした中、語学は努力を要する科目なので、大隈はそれに力を注いだ。そして先輩から優れた蘭学書の要旨を聞き、蒸気機関の原理から仕組みまでも理解できるようになった。
こうして効率性を重視した学習法によって、大隈は優秀な者たちを抑えて蘭語では蘭学寮一と言われるまでになった。単語を覚えるのは苦手だったが、蘭語の文法と構文は得意で、日常的な会話文なら蘭語の文章が書けるまでになった。
「やめた」
安政七年(一八六〇)三月、桜が満開の多布施川河畔を久米丈一郎と一緒に歩きながら、大隈が唐突に言った。
「今度は何をやめるんですか」
久米はもう驚かない。むらっけのある大隈に慣れているのだ。
ちなみに昨年、久米も晴れて蘭学寮の生徒となり、懸命に勉強していた。また義祭同盟にも加盟し、まさに大隈の後を追うようになっていた。
大隈が河畔の斜面に寝転がったので、久米もそれに倣った。
「どうも人には、得手不得手があるらしい」
「それはそうでしょう。私の場合、鉄砲は得意ですが、馬術は苦手です」
「そういうことだ。ひとくくりで武芸と言ってもいろいろある。刀と槍だって得手不得手があるだろう」
「そうですね。で、此度は何をおやめになるのですか」
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