母親が育児休暇に反対するのは意外だった

育児休暇の希望を上司に告げた、31歳のサラリーマン・重松雄二。だが、上司はなかなか具体的な話をすすめてくれない。両親もはっきりとは反対しないものの、もろ手をあげての賛成とはいかない様子だ。そんな時、所属する人事部が開く中途採用の説明会に出ることになり……。
「産む性」として揺れ動く女性たちの心の葛藤と、その周囲人々のそれぞれの人生の選択を描いた8つの短編集『産む、産まない、産めない』より「次男坊の育児日記」を特別公開。
(カバーイラスト:近藤圭恵 / モノクロイラスト:オカダミカ)

 実家の母は困惑した。

 育児休暇をとって会社に迷惑がかからないのかを心配している。

「会社に迷惑って、そりゃあかかるだろうけど、でも、それは仕方のないことだろ。子供を育てるっていう、もうひとつの仕事を引き受けなくちゃいけないんだから」

「でも、雄二、その……、出世にひびいたりしないの?」

「やだなあ、母さん。おれは出世なんて興味ないよ」

 母は黙ってしまった。がっかりさせたのだろうか。出世なら、都市銀行の部長になった兄が果たしているのに。

 母は一昨年に定年退職をするまで、百貨店の外商部に勤めていた。仕事一直線の父とは子育てのことでずいぶん衝突した。子供の頃、雄二が風邪をひくと、どちらが面倒をみるかで母と父がいい争うことが少なくなかった。その場面に出くわしたくなくて、多少具合が悪くても、がまんして登校したこともある。

 兄や雄二の成人式や結婚式の際、感激する父に、母は必ず、こうした言葉を投げかけた。

「あなたは育てたうちには入らないわ。子供の頃なんて甘やかすだけ甘やかして、𠮟ったりしつけたり、悪役はいっつも私だったわよねえ」

 笑いながらいうのだけれど、それは母の本心だろう。

 雄二が子供の頃の母は、口には出さなかったが、父に育児休暇をとってもらいたいと思っていたはずだ。その母が、雄二の育児休暇に反対するとは意外だった。

 母に話した翌日、最近ではほとんど連絡をとらない兄が、わざわざ電話をかけてきた。意外な反応だった。

「母さんから聞いたけど、お前育休とるんだって?」

「そのつもりだけど、まだ会社から正式許可はもらってないんだ」

 彼には高校生の娘がいる。

「いいなあ。はっきりいってうらやましいよ。子供は三歳までにすべての親孝行をするっていうじゃないか。一番かわいい時をたっぷり味わえるんだからな。おれなんか目の前の仕事に追われて、気がついたら、娘はすっかり父親を邪魔者扱いだよ」

「邪魔者って、そんな……」

「いやあ、年頃の女の子にとって、父親なんてきたないおっさんの代表みたいなもんなんだよ。男の子でも女の子でも、なついてくれるうちに、うんと頰ずりしておけよ」

 そんなものなのかな、と思った。今日香さんには、兄の言葉を家族のそれとして伝えた。


 育児休暇の申請はうやむやのまま、雄二は石倉に呼び出された。峰岸が手がける新しい仕事を手伝うように、という話だった。中途採用の美容部員に向けての会社説明会と合格者の研修である。雄二の会社で中途採用を大量に募集するのははじめてだ。そのために、新卒者とは別の大掛かりな会社説明会を設けることになった。

 店長候補になる部員を発掘するのが狙いだ。会社説明会の後に試験と面接を行い、二週間後には採用通知を出す。十一月から研修が始まり、彼女たちは年末から店舗に立つ。その一連の流れを作るのが、雄二と峰岸の役目だ。

「部長、年末まで立ち会わなければならないでしょうか?」

「そうはいってないよ。様子をみて、育児休暇をとればいい」

 石倉はそういって、雄二の肩をぽんと叩いた。とることは認めてくれるものの、時期や期間がいつまでたってもはっきりしない。

 早速、峰岸と打ち合わせを始めた。二人で会議室にこもり、メモ帳にするべきことをひとつずつ書き出していく。勤務条件の確認、募集要項の文面、掲載する媒体……。一段落して、峰岸がいった。

「実はさあ、銀座店の店長が旦那の転勤で辞めちゃうのよ」

 銀座店は売り上げナンバーワンの店舗だ。

「いつですか?」

「新年早々だってさ。それもあって、中途の募集を増やして、あわてて前倒しにしたんだよ」

 峰岸は、ホワイトボードのメモをまとめながら、ため息をついた。美容部員は全員が女性だから、どうしても結婚や出産、夫の転勤といった理由で、急な離職が多い。出産後に復帰した部員はごくわずかだった。

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甘糟りり子

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