こだわりの床材
当然といえば当然だが、夫婦ではそれぞれが「こだわるもの」は異なる。2015年にスタートしたわが家の増改築でも床の木材の材質で価値観がぶつかった。常に「コスト削減」を目指す私の優先順位は「強くて長持ち、そして廉価」だが、夫は「自分が嫌いな床の上では暮らせない」と時間をかけて木材を選び、設計士と建築業者と結託して私を説得した。
その結果、壁がなく広いリビング・ダイニング・キッチンには23センチの幅広のオーク、夫の自宅オフィスには古い工場の床材の傷などをそのまま残して綺麗にしたリクレイム・ウッド、階段には主に家具に使われるマホガニーになった。すべて、異なる業者からの取り寄せである。
夫がとことんこだわった木材
私がこだわったのは「玄関」だ。
私がデザインしてカスタムメイドで作ってもらった玄関
日本で暮らしたことがあるアメリカ人の夫は家の中では靴を脱ぐし、土足で家に入ってくる人が許せないタイプだ。だが、増改築前の家では玄関エリアが土足と裸足のグレーゾーンになっていて、来客が土足で侵入する前に素早く「靴を脱いでください」というのが難しかった。はっきりとした境界線がある「玄関」を作れば、来客はそこで立ち止まってくれるだろうし、そのときに「わが家は日本式なので」と靴を脱いでもらうのも容易になると思ったのだ。
自宅ウエディングの「土足問題」
この戦略が功を奏し、増改築が完了してからずっと土足厳禁が守られていた。だが、自宅でのウエディングとなると、「土足厳禁」ルールを徹底することはできない。式とディナーを行う裏庭、バーとトイレがある前庭、ディナーのビュッフェやダンス会場になる室内、という3箇所を行き来することになる。そのたびに靴を履き替えてもらうことは不可能だ。
汚れるだけなら徹底的に床掃除をすれば済むのだが、問題は靴が木材につける傷だ。どんなに硬い木材であっても、120人が外から持ち込む土で擦り傷ができ、ピンヒールで凸凹ができる。
まず考えた対策は、参列者に「ピンヒールを履かないでください」とお願いすることだった。新郎新婦が出した招待状にもその注意書きを入れてもらった。
これだけで、夫と娘は「ピンヒールを履いてこないで欲しいとお願いしたから、大丈夫」と問題解決したつもりになっている。
「それがどれほど甘い考え方か、幼児の面倒をみた体験者ならわかるよ」と私は返した。
幼児に対して「触るな」と言い聞かしても、手が届く場所に包丁や煮えたぎる鍋があったら触るものだ。触って大事故になっても幼児のせいではない。触ってほしくなかったら、最初から触れなくするべきなのだ。
相手が大人でも似たようなものだ。招待状の細かい注意書きまで読む人はあまりいない。ちゃんと読んでいても、「庭にずぶずぶ沈むからピンヒールはやめたほうがいいと言うのだろうが、注意するから大丈夫」程度に軽く考え、ドレスをひきたたせるピンヒールを履いてくる女性はきっといるだろう。ウエディングの参列者に、私たちの床のことを心配してもらうのを期待するほうがおかしい。
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