photo by 飯本貴子
科学が扱えるもの 科学では扱えないもの
茂木 今、AIでもディープラーニング(※65)の研究をしていますが、深層学習をすると、想定できないような深いパターン、要するに、人間が想定してないパターンができてしまうことがわかってきています。
犬と猫を見分ける学習では、「犬」「猫」というカテゴリーはありますが、深層学習だと、猫の中でも、こういう姿勢の猫、こういう場所にいる猫、こういう毛並みの猫という、人間が想定してない細かいカテゴリー分けが勝手にその深層側にできてしまって、それがそのAIの能力を決めることになるんです。
人間の脳の中にもおそらく、われわれが普通、把握している犬とか猫というカテゴリーよりももっと細かい、ちょっと簡単には把握できないようなカテゴリー化が起こっているはずです。しかもそれが、トラウマのような非常に強い感情の反応を伴うようなものだと、強い形で残っている。それがひょっとしたらユングの言うところの元型(※66)につながっていく可能性もあると思うんです。だから、ユングの元型って、現代的な解釈で深層学習的な見方をすると、その最も深層にあるカテゴリーのことになるんじゃないかな。
長谷川 ユングの言う元型も、AIの深層学習では説明は可能になるということですか?
茂木 そこは科学主義をとる限り、可能です。ですから、われわれ科学者にとっても、ユングの元型やベルクソン(※67)の純粋記憶(※68)がとても気になっているんです。
ベルクソンははっきり言っているんですよ。純粋記憶(意識、心)というのはコートで、コートをかけるハンガーが脳。だからハンガーがなくなってもコートは残る。つまり、「脳がなくなっても純粋記憶は残っている」というんです。それは、われわれ科学者が、普通の科学の範囲では扱えないことです。
だからもし、長谷川さんが「ユングの元型は、その脳の物質的な状態とはまた別の何かだ」とおっしゃるとすると、それはとりあえず、脳科学では今のところ扱えないことになってしまう。
長谷川 元型というのは、普遍的無意識を想定していますからね。
茂木 個人に属しているものじゃないということですよね。だから、そこはわからないとしか言えません。
ただ、純粋記憶は、今の脳科学から見ても面白い。
ベルクソンの有名なエピソードがもう一つあります。ある女性が戦場で夫が死ぬ夢を見て、実際に夫が同じ時刻に死んでいたと。それは偶然の一致だと言われるかもしれないけど、その夢を見た妻にとってその経験があったことは事実だから、その経験と統計的な分析は違うんだということを、ベルクソンは言ったというんです。
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