一生をかけるに値する仕事

山小屋の仕事というと一時的なアルバイトのようにイメージする人もいるようです。しかし、10年間山小屋で働いていた吉玉サキさんは、山小屋は山と登山者の命を守る、なくてはならないものだと語ります。この連載を元した書籍『山小屋ガールの癒されない日々』も好評発売中です。

山小屋バイトというと「お気楽な身分」というイメージを抱く人もいるらしい。

しかし、そんなことはない。もちろん仕事への意識はそれぞれだけど、山小屋の仕事に誇りを持っている人も大勢いる。

何十年も勤めている人、この仕事で家族を養っている人、命がけでレスキューしている人、信念持って仕事をしている人……。決して軽い気持ちでできることではない。

……と書いておいてなんだけど、23歳の私はものすごく軽い気持ちで山小屋スタッフになった。仕事への熱意や責任感は、働きはじめてから少しずつ芽生えていった。

大志を抱いて始めた仕事じゃなくても、続けているうちに意識が変わることはある。


「山小屋は男が一生かけるに値する仕事」

この連載にたびたび登場する勤続30年のジョニーさんは「山小屋は男が一生かけるに値する仕事だ」と言っていた。

実はその台詞を本人から聞いたわけではない。ジョニーさんの下で働いていた男性スタッフが「ジョニーさんがこんなこと言っててすげぇ感動した」と話すのを聞いたのだ。

私もグッときた。ジョニーさんは「男が~」と言ったらしけど、男性に限らないと思う。私にとっても、山小屋の仕事は一生をかける価値があるものだ。「物書きになりたい!」という夢を優先して山小屋を辞めた今も、そう思っている。

山小屋の仕事は、山と登山者を守ること。

山小屋は「そこに建物があって人間がいる」というだけで存在価値がある。これは自分が登山者の立場になるとわかるのだけど、山で雨風がしのげて、食事と寝床を提供してもらえるのはとてもありがたい。

「テントや自炊道具を持たなくていい」という物理的な理由だけではなくて、心理的にも、そこに山小屋があって人がいるというだけですごく安心するのだ。もちろん自分の身は自分で守る覚悟で歩くけど、それでもやっぱり、人がいるのといないのとでは心持ちが違う。

山小屋があるからこの山に登れる、という人はたくさんいる。

異論もあると思うけど、私は、山小屋は「ないと困るもの」だと思っている。誰かがしなければならない、必要で重要な仕事だ。


下界とは「バイト」の概念が違う?

けれど、山小屋の仕事を「楽で責任がなさそう」と思う人もいるようだ。雇用形態がアルバイトの人が多いからかもしれない。

私が働いていた山小屋は社員も数人いたけど、ほとんどのスタッフがアルバイト。家族を養っている大ベテランや、ひとつの山小屋を完璧に仕切ってる支配人も、雇用形態はアルバイトだったりする(あくまで私のいた山小屋の話です)。

しかし、山小屋は社員/バイトの感覚が下界とは少し違う。社員になると冬の間も事務所で働かなきゃいけないから、なりたがらない人が多いのだ。昔ながらの山男の中には、「なんで冬まで働かなきゃならないんだ?」と大真面目にキョトンとする人もいた。

業務内容も責任の重さも、社員とバイトの間には差異がない。

毎年のように、新人スタッフに「サキさんとKさん(夫)ってこんなに責任ある仕事してるのにバイトなんですか!?」と驚かれた。

そのたびに「支配人だってバイトだよ~」と言うと、みんな「えー!」といいリアクションをしてくれる。鉄板だ。

山小屋の人の常識は、下界の人の非常識。逆もまた然り。

「その業界の人にしかわからない感覚」ってきっとどんな業界にもあるよなぁ。


山小屋の仕事は「何のためにこんなことしてるんだろう?」と悩むことがない

以前、山小屋の仕事の魅力を聞かれて、咄嗟に「意味がわかること」と答えて相手を困惑させてしまった。

どういうことかと言うと、山小屋のあらゆる業務は登山者(とスタッフ)の生命維持に直結している。

お腹が減るから、ごはんを作る。
眠るために、清潔な寝床を用意する。
凍えないように、ストーブに灯油を入れる。

すごくシンプルだ。自分がそれをする意味がわかる。

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小屋ガール通信

吉玉サキ

第2回cakesクリエイターコンテスト受賞作! 新卒で入った会社を数ヶ月で辞めてニート状態になり、自分のことを「社会不適合者」と思っていた23歳の女性が向かった新天地は山小屋のアルバイト。それまで一度も本格的な登山をしたことのなかった...もっと読む

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etozudeyoshida こんにちは イラスト描かせていただきました 未読の方、よろしければ是非! https://t.co/FsjejRO2W6 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

ebiskii いだてんコラムと並んで楽しみにしてる連載 山小屋で働くという知らない世界のことを優しい文章で楽しく読ませてくれる 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

alchmistonpuku 重版おめでとうございまーす! 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

ikb 『仕事への誇りや情熱は、やってるうちにあとから芽生えることもある』 約1ヶ月前 replyretweetfavorite